WPIで生まれた研究READING

前人未踏の“クレイジーな”融合研究はこうして生まれた!(MANA後編)

 WPI拠点だからこそ生まれた融合研究の事例を紹介する本シリーズ。今回紹介するのは、これまでにない全く新しい手法によって、ヒト間葉系幹細胞から神経細胞への分化誘導に成功した国際ナノアーキテクトニクス研究拠点(MANA)だ。しかもその手法は、従来欠かせなかったサイトカインなどの分化誘導因子を使わない画期的なもので、再生医療のコストダウンにつながることが期待されている。
 前編では成果のポイントを中心に、この研究をリードする二人の研究者がコラボレーションするに至った“運命の出会い”とも呼ぶべき経緯を紹介した。その主人公は、界面科学の専門家でMANA主任研究者の有賀克彦さんと、細胞生物学の専門家である中西淳さんだ。
 後編では、今回の事例をはじめ、ナノスケールの世界で新たな材料機能を創造するMANAの研究者が大切にしていること、融合研究を生み出す背景にある思想について有賀さん、中西さん、そしてMANA副拠点長で事務部門長の中山知信さんの3人に聞いた。

【取材・文:堀川 晃菜、写真・図版提供:MANA】

MANA前編はこちら:幹細胞を神経細胞へ導く─“運命の出会い”から生まれた「型破りな培養足場」
プレスリリース「液々界面に生じるしなやかなタンパク質ナノ薄膜が幹細胞を神経に導く」

「クレイジーな研究」へのこだわり

──細胞培養は、シャーレやゲルなどの固体上、あるいは培養液中で行うのが普通だと思います。それに対し、先生方は、培養液と有機溶媒の液々界面で、タンパク質の薄膜を足場に幹細胞を培養できること、さらに効率的な分化誘導で神経細胞に導くことに成功されました(詳しくは前編参照)。そのこと自体も驚きですが、さらに驚いたのは、初めから再生医療を見据えていたわけではなく「ミジンコで膜を作りたい」という発想が、この研究の原点だったことです。

中西さん(以下、敬称略) 幹細胞の分化誘導を効率的かつ、安価に実現する方法が求められてきた中で、今回の研究成果はゲームチェンジャーと言えるだけのインパクトがあると思います。液々界面における細胞培養は、有賀さんの「液体上にミジンコのような小さな生物を並べて、膜を作る」という野望(?)から導かれたもので、従来の延長にはないアイデアだと思います。

──分化誘導因子が不要になるとは予想していましたか。

中西 驚きの方が大きかったというのが正直なところです。培地の化学的な特性から培養環境をコントロールする試みは以前からありましたが、力学的な作用がはたらくのに適した環境をつくり出すと幹細胞は自ら分化を進めていくことが分かりました。細胞のまた新たな一面を見つけたことに胸が躍ると同時に、細胞はまだまだ未知の姿を秘めていると感じましたね。

中西 淳(なかにし・じゅん)物質・材料研究機構 機能性材料研究拠点 ポリマー・バイオ分野 メカノバイオロジーグループ グループリーダー。2001年東京大学大学院理学系研究科化学専攻博士課程修了、博士(理学)。日本学術振興会特別研究員、理研基礎科学特別研究員、早稲田大学助手、科学技術振興機構さきがけ研究者などを経て、2006年より物質・材料研究機構に着任。2016年よりMANAグループリーダー。2020年より現所属。早稲田大学先進理工学研究科ナノ理工学専攻 教授を兼任。2011年文部科学大臣表彰若手研究者賞受賞。

──そもそも、なぜミジンコで膜を作ろうと?

有賀さん(以下、敬称略) まだ誰もやっていないからです。私は界面科学、超分子化学の専門家として、世界中のありとあらゆるもので膜を作りたいと思っています。これまでも分子マシンを水面上に並べて膜を作り、それを人間の手で動かせるようにするなど、色々なチャレンジをしてきました(図1)。分子マシンは、ナノスケールで制御された機械的な動作をする分子やその複合体で、2016年のノーベル化学賞の受賞対象にもなっています。分子マシンを作るだけでなく、人間の手で自在に操ろうとするのは世界中で私だけでしょう。

図1.シリンジから分子を供給して単分子膜を作る様子(提供:MANA有賀克彦氏)

 一方で、生体内にも非常にメカニカルな分子はあって、例えば細菌のべん毛モーターはイオンの流れを回転力に変換するタンパク質の複合体です。生物や生体物質は分子の集合体として、高度な機能を発揮する“究極の材料”と捉えることもできて、それで膜を作りたいと考えたのです。

──たしかに、生物を材料に膜を作ろうとは誰も考えつかなそうです。

有賀 自分の専門領域で世界をリードするために、人と違うことをやる。でも大概、意味のあること、必要性から始まる研究は、すでに誰かがやっています。ですから役割や目的に縛られず、クレイジーなことを貫くことが、科学者としての私のポリシーです。

 しかし、いくら小さなミジンコでも、さすがに膜の構成単位として制御するのは難しく、細胞ならばできるかもしれない、という話になりました。1990年代に流行った古典的な手法としてLangmuir-Blodgett (LB) 膜があります。界面化学の創始者でノーベル賞受賞者のLangmuirと弟子のBlodgettの名に由来するLB法は、単分子膜を固体基板上に一層ずつ写し取り、多層膜を作製する技術です。タンパク質でLB膜を作ることは我々も実証済みなので、次は細胞でと考えたのです。しかし、水と空気の界面で生じる表面張力で細胞が変性してしまう懸念がありました。そこで空気ではなく、水と混じり合わない液体にすれば、細胞でLB膜ができると考えたのです。

図2. LB膜の積層原理(提供:MANA有賀克彦氏)

──なるほど、それで「液々界面」となったのですね。発想の根底には有賀さんの膜に懸ける並々ならぬ熱量を感じますが、なぜそこまで界面、膜にこだわるのですか。

有賀 界面には生命現象の根本を理解するカギがあると思うからです。生命の起源を考えてみても、細胞膜によって外部と内部という区画ができたことが、まず重要な意味を持ちます。ただ、最初からそれを狙っていたわけではなく「膜」との出会いは、たまたまです。私が通っていた大学に、合成二分子膜のパイオニアである國武豊喜先生のお弟子さんのラボがありました(國武先生は、人工分子から生体膜の基本構造である二分子膜が自己組織的に形成されることを世界で初めて見出した研究者)。そのラボに飛び込んでみたら、やっぱり、おもしろい。その後、國武先生のプロジェクトのグループリーダーになって、気体と水の界面ではなぜ水素結合を介して生体分子を認識できるのか、という謎を追求してきました。

有賀 克彦 (ありが・かつひこ) 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点 (MANA) 主任研究者。ナノマテリアル分野超分子グループグループリーダー。1987年東京工業大学大学院修士課程修了(90 年に工学博士)。東京工業大学工学部助手、テキサス大学博士研究員、JST 超分子プロジェクトグループリーダー、奈良先端科学技術大学院大学助教授、相田ナノ空間プロジェクトグループリーダーを経て04年より物質・材料研究機構グループリーダー、07年より主任研究者。東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻教授を兼任。

究めた人にしか、わからない「無知」

 ──純粋に「おもしろいから研究している」と言いにくい風潮の中、研究費を獲得する上でも実用性をアピールしやすい方が有利なのでは。新境地を開き続けるのは容易なことではないですよね。

有賀 たしかに研究費の申請に苦労することはあります。ただクレイジーな発想というだけでは、遊びになってしまうので、用途検討の角度から研究を眺め、着地点を見出す努力も必要です。ですが、最初から「それができたら何の役に立つか」ということは、全く考えていません。先に応用先を決めると、それによる制約が出てきます。だから人類史上初を目指すこと以外は、あえて特定の目標は立てません。具体的な目標をもたないからこそ、どんな研究結果も、よほどのことでなければ“失敗”にはなりません。

中西 有賀さんと一緒に仕事をして感じたのは、突拍子もないずば抜けた発想の持ち主である一方で、うまく周囲を巻き込みながら着実に道を開いていくバランス感覚の持ち主なのです。

有賀 今回の融合研究もMANAのリサーチセミナーなどを通じて(詳しくは前編)、中西さんを知っていたので、自然と結びついていきました。日頃から周囲の話に耳を傾け、アンテナを張りながら、独自の発想を持つために「自然の摂理とは何か」「科学でこれまで考えてこなかったことは」と自問自答しています。でも、もしかしたら、役に立つことをぽろぽろと見落としているかもしれない。そこは他の優秀な研究者がいいものを拾ってくれたら嬉しいですね。

──「おもしろさ」と「役に立つ」を共存させるには、どうした良いのでしょう。クレイジーな研究がどんどん、しづらくなっている現状を危惧する声があります。近視眼的になると将来のイノベーションの種が減り、日本の科学技術力の根っこを揺るがすのではないかと。

有賀 人によって何がおもしろいかは、さまざまですが「おもしろい」に対して「役に立つかどうか」というバイアスがかかりすぎていると思います。役に立つ・立たないで判断しない枠組みが必要ではないでしょうか。とはいえ、何の根拠もなしに投資するわけにもいかないので、これまでの業績から一定水準をクリアした人材には応用可能性の程度によらず、投資する。それくらいしないと、なかなか自由発想の研究は発展しにくいと思います。

中山さん(以下、敬称略) 別の視点では「役に立つこと」をどう捉えるか、ということとも言えます。有賀さんは自分では“役に立たない”と言いますが、それは有賀さんがその分野を熟知しているからこそ、本人はそう思うのでしょう。しかし我々の知識の裾野を広げることには、非常に役に立っているわけです。つまり、「質の高い無知」であることが大切です。人類はどこまでを知りえて、どこからは未知なのか。その境界を見極めた、質の高い無知の上にある「おもしろい」でなければ、世界トップレベルの研究は成立しません。

──現在、全国にある13のWPI拠点のうち、大学に属さないのはMANAだけです。物質・材料研究機構(NIMS)内にあることは、どのような意味を持ちますか。

中山 NIMSは国の研究機関として材料科学の発展を牽引して、社会貢献を果たしていくミッションを担っています。MANAはその中にありながらも、自由発想による新しいアイデアを出し、挑戦的な研究を続けてきた組織です。その両立には難しい一面もありますが、材料科学の研究者にとって、すぐ隣で社会実装につながる様子を肌で感じながら、基礎的なシーズを考えていくことができるのは、この拠点ならではだと思います。

中山 知信 (なかやま・とものぶ) 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点 (MANA) 副拠点長、事務部門長、主任研究者。物質・材料研究機構(NIMS)若手国際研究センター (ICYS) 副センター長。1988年東京工業大学大学院修士課程修了後(のちに99年、東京大学にて博士(理学)を取得)、三井金属鉱業(株)、ERATO原子制御表面プロジェクト、理化学研究所を経て、02年NIMSにグループリーダーとして着任。現在、筑波大学大学院数理物質科学研究科教授、大阪大学電気電子情報工学専攻招へい教授を兼任。シドニー大学名誉教授、応用物理学会フェロー。

世界中から研究者が集まる理由

──他にもMANAの特徴としては、WPI拠点の中でも外国人研究者の比率が半数以上と非常に高い割合を占めていることが挙げられます。その理由はどこにあるのでしょう。

中山 多くの海外の大学、研究機関と連携し、共同研究を進めることで構築してきたネットワークもありますし、外国人研究員をサポートする体制も整備してきました。ただ、支援の充実ももちろん大切ですが、一番は、いかに魅力的な研究をしているか。これに尽きると思います。

──研究者として、国際性に富んだ研究環境を実感するのはどのような時ですか。

中西 私がMANAにいたからこそ実現できたと思うのは、現在までに3回実施しているメカノバイオロジーの国際シンポジウム「Nanoarchitectonics for Mechanobiology」です。海外から研究者を呼び、若手研究者の発表の場を作り、学生にも刺激を受けてもらいたいと考え、2015年に企画したのが最初です。まずは当時の副拠点長に相談に行き、企画書を出して、正式に実施に向けて動き出すことになりました。

──中西さんの発案だったのですね。でも実際に国際シンポジウムを開くとなると、準備など大変だったのでは。

中西 運営や会計に関してはMANAの事務支援部門が全面的にバックアップしてくれました。ホテルや会場の手配から当日の進行まで、非常に助けられました。これを研究者が自分たちでやろうと思ったら忙殺されて、研究どころではなくなりそうです……。英語でのコミュニケーションもものともしない頼もしいスタッフがいるWPI-MANAだからこそ実現できたと思います。自分の思いが形になった時の喜びはひとしおでした。シンポジウムを機に海外の研究者と連携する機会も増え、ポスドクの留学が実現したり、日常的にメールのやりとりをしたりしています。

2019年に開催された「第3回 Nanoarchitectonics for Mechanobiology」

──最後に、融合研究を育むうえで、大切にしていることをお聞かせください。

中山 あえて特定の分野で決め打ちの融合研究をしようとは考えていません。MANAは「マテリアルナノアーキテクトニクス」という理念のもと、ナノスケールのパーツを精密に合成し、集積、連結、複合化した新物質を生み出すことや、(今回紹介した細胞培養の新手法のように)界面の制御による新材料の創製で高度な機能を実現することを目指しています。

 細胞や人体も自然が作り出した究極のナノアーキテクトニックシステムですし、ナノの世界のあらゆるものが研究対象です。バイオを含め、分野に境界を設けないことがMANAのスタンスであり、融合研究の組み合わせを限定することもありません。

 そしてトップダウンで制御するよりも、優秀な人材を一か所に集めて“発酵”を待つ。今回の有賀さんの独創的な発想から始まった融合研究も、中西さんをはじめとする優秀な若手研究者たちとの連携が、見事に発酵していった好例です(その様子は前編で紹介しています)。

 多彩な国籍、文化のバックグラウンドを持つ研究者が出会い、新たなテーマを生み出す「メルティングポット環境」を用意することが組織の役割だと考えています。これからもMANAならではの強みを生かし、環境、資源、食糧、医療など、あらゆる分野を支える革新的な材料・技術を生み出していきたいです。


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