WPIで生まれた研究READING

AIMR発! 共創研究を成功へ導く極意 研究者の“トキメキ” 育む「知の循環」(AIMR後編)

左からAIMR研究支援部門長の西山信行氏、同研究所研究顧問の西浦廉政氏、ジュニア主任研究者の藪浩氏
(写真はAIMR提供、以下同。撮影時のみ短時間マスクを外しています)

 「異分野融合でイノベーションを」と、言うは易し。研究が一朝一夕に成せないことは言うまでもないが、異分野・異業種の人たちを束ねる融合研究のハードルはさらに高いものとなる。数学と材料科学の融合という独創的な取り組みを続ける東北大学材料科学高等研究所(AIMR)には「知の循環」を加速する独自の施策がある。そこから生まれた成果の一つが、塗料の光学特性の制御や免疫診断技術の高感度化などへの貢献が期待される高分子微粒子だ※。この微粒子の作製者であるデバイスシステムグループ 藪浩准教授と、実験結果を再現・予測できる数理モデルの構築を主導した数学連携グループ 西浦廉政研究顧問、そしてAIMR研究支援部門長の西山信行特任教授の3人に、融合研究を成功に導く極意を聞いた。
【取材・文:堀川晃菜】

AIMR前編はこちら:「数学と材料科学の幸せな共創研究 成功の秘訣は「キャッチボール」にあり」

プレスリリース「3つの異なる顔を持つアシュラ粒子の作製に成功!」

原動力は“トキメキ”にあり

「雪は天から送られた手紙である」──雪の結晶に魅せられ、世界で初めて人工雪の結晶の作製に成功したことで知られる物理学者・中谷宇吉郎の有名な言葉だ。何かの現象に理屈抜きに魅せられ、心を奪われる経験は、科学者のみならず、多くの人が共感するものだろう。そして研究者にとっては“トキメキ”の対象を理解したいという知的好奇心が原動力となる。

「それはまさに『微粒子からの手紙』でした。こんなものが作れるはずはないと思っていたものが、現にあるのです。その衝撃といったら言葉では言い表せません。とにかく、その写真を見た瞬間に“ピピっ” ときたのです」

 東北大学材料科学高等研究所(AIMR)の数学連携グループの西浦廉政氏は、同研究所で高分子化学を専門とする藪浩氏が合成した高分子微粒子の写真を見た時の感動が忘れられないと言う。人工的に作られたその微粒子の内部には、その2次元断面がまるで蚊取り線香のように見事な螺旋ができていたのだ。

 西浦氏の目に焼き付いた微粒子の姿は、後に藪氏との共同研究に強力なモチベーションを与えた。そして藪氏・西浦氏らによる材料科学と数学の連携は “3つの顔”をもつ「アシュラ粒子」の開発へとつながった(詳しくは前編記事をご覧いただきたい)。だが、その成果に至るには、数々の困難があった。特にボトムアップ研究ならではの難しさもあったという。

西浦 廉政(にしうら・やすまさ)東北大学材料科学高等研究所 研究顧問。1950年生まれ。理学博士。広島大学教授、北海道大学電子科学研究所所長など経て2012年より東北大学原子分子材料科学高等研究機構(現AIMR)教授・同主任研究者、2017年より現職。科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業「数学と諸分野の協働によるブレークスルーの探索」研究総括、産総研・東北大 数理先端材料モデリングオープンイノベーションラボラトリ(MathAM-OIL) 研究支援アドバイザー(招へい型)を併任。2002年日本数学会賞秋季賞、2012年文部科学大臣表彰科学技術賞など受賞多数。

数学が「共通言語」となるまで

 AIMRでは2011年に「数学ユニット」を新設して以降、材料科学に数学の視点を積極的に導入している。物理、化学、工学に根差した材料科学研究の背景にある原理を数学的なアプローチによってエッセンスを抜き出し、それを異なる分野の研究者間で理解できる普遍的な言葉として共有しようという試みだ。ただし「数学が共通言語」と言えるようになるまでが大変なのだ、と藪氏と西浦氏は口をそろえる。

 まず「私のように数学の非専門家が、数学を知ろうとする姿勢はもちろん必要ですが、西浦先生のようにガイドしてくれる数学者の存在が非常に重要だと感じました。私が的外れな質問をしたとしても、忍耐をもってコミュニケーションを続けてもらえる、その関係性に支えられています」と藪氏。

藪 浩(やぶ・ひろし)東北大学材料科学高等研究所ジュニア主任研究者(准教授)。1977年生まれ。理学博士。北海道大学電子科学研究所助手、JST戦略的創造研究推進事業「ナノシステムと機能創発」領域さきがけ研究者(2008-2012年)、「分子技術と新機能創出」領域さきがけ研究者(2012-2016年)、東北大学多元物質科学研究所准教授等を経て、2016年より現職。2020年東北大学ディスティングイッシュトリサーチャー。東北大学発ベンチャーAZUL Energy株式会社の取締役・CSO(最高科学責任者)。2011年日本化学会 進歩賞、2014年科学技術分野の文部科学大臣表彰 若手科学者賞、2016年市村学術賞貢献賞など受賞多数。

 そして西浦氏は、自分にないものを持つ相手を尊敬することに分野も年齢も関係なく、融合研究を継続するカギは “互いに学び合う姿勢”にあると語る。

「藪先生が言うように我慢も大事です(笑い)。でもやはり、おもしろくないと続きません。トップダウンで進める研究と違い、今回のようにボトムアップで始まる場合は強制力がはたらきません。だからこそ資金の切れ目がプロジェクトの終わりになりかねない。モチベーションを絶やさないためには、一方的なコミュニケーションではなく、互いに刺激を受け、それをまた返していくことが大切です。私も藪先生との日常的なやり取りの中に、新しい気づきがあり、それが楽しいからこそ、キャッチボールが続いているのだと思います」

 そして、研究がペースダウンしても多忙を極めても、心の底に好奇心という強力なエンジンがあるからこそ続けられるのだと話す西浦氏。その一方で研究者のモチベーションを高め、その灯を絶やさないための施策も必要だと語る。では、AIMRは融合研究を推進するために、どのような仕掛けをしているのだろうか。

「知の循環」を生み出す3要素

 “国際頭脳循環のハブ”となることを目指すWPI研究拠点では、学問のボーダーや研究員の国籍、そして制度のバリアを越えるべく、環境整備が進められている(さまざまな立場から研究事業を支える事務部門の現場の声は「WPIの研究を支える人たち」をぜひご覧いただきたい)。

 AIMRにおいても、化学、数学のみならず、物理学、材料科学、バイオ工学、精密・機械工学の各分野における優秀な研究者を国内外の各大学・機関から採用し、研究者が研究に専念できるよう研究支援部門が体制を整えている。研究支援部門長を務めるのは、研究経験を有する西山信行特任教授(運営)だ。

西山 信行(にしやま・のぶゆき)東北大学材料科学高等研究所 研究支援部門長、特任教授(運営)。1963年生まれ。民間企業に従事した後、1997年東北大学大学院工学研究科(材料加工学)を修了、凝固工学、非平衡物質材料学等の分野での研究を経験した物質・材料科学者であり、JST-ERATOプロジェクト、NEDOプロジェクトへの参画を経て2013年より東北大学金属材料研究所(ナノ結晶軟磁性材料研究開発センター)で産学連携による新製品開発を担当。2017年より東北大学AIMRに参画し、主に広報・アウトリーチに関する研究支援を担当。

 西山氏は、AIMRには「知の循環」を生み出す独自の仕組みがあると話す。その一つは、前編でも紹介した「Fusion Research Proposal」という制度だ。所内の全ての研究員を対象に融合研究の提案を募り、採択された案件については、初年度の経費が分配される。その研究の開始から1年後に「ティータイム」の場で成果発表をするという流れだ。

 「ティータイム」とは、研究所内のコミュニケーションの促進を図るため、毎週金曜日に開催される交流会。着任したばかりの研究者でも気兼ねなく参加できる場で、毎回、一人の研究員が自分のテーマについて話題提供をする。

「ときには異分野の人から突拍子もない質問が飛んでくることもありますが、案外そこから新たな気づきを得られることもあり、通常の研究室内とはまったく違ったコミュニケーションが繰り広げられています」と西山氏は話す。

AIMRで週1回開催されている「ティータイム」の様子。

 また、西山氏は日々の広報業務の一環としてSNSを活用した成果発信も行っているが「所内の研究員のリアクションが早く、お互いの研究に注目していることを感じる」という。そこから「先日、投稿されていた記事を見ましたよ」と会話のきっかけにもなる。広報業務が実は対外的な効果だけでなく、所内のコラボレーションのきっかけとしても重要なのだ。

 そして対外的な広報で最も重要と言えるのが研究成果を周知するためのプレスリリースだ。この時にも研究支援部門の存在が大きかったと話すのは、「アシュラ粒子」をはじめ、数々の材料開発を手掛けてきた藪氏だ。

「私はAIMRに所属する以前はほとんどプレスリリースを出したことがなく、当初はどうしても専門用語が多くなってしまったのですが、西山さんたちのアレンジのおかげで、読みやすい文章になり、その結果、新聞などでも広く取り上げてもらえるようになりました」

 そして、もう一つ、特筆すべき点として西山氏が元々、金属材料の研究者であったことが挙げられる。元研究者という立場で、支援業務にあたるメリットを次のように話す。

「一番感じるのは、研究者の“感覚”がわかることです。管理業務に携わる人と、研究をする人ではやはり時間の感覚が違います。何か良い成果が出たら、一刻も早く論文にして世に出したいというのは、私もそうでしたから、プレスリリースもなるべく論文掲載と同じタイミングで出せるように調整しています」

 西山氏の話から見えてきたのは、①研究者がフラットに交流できる場づくり ②研究成果のタイムリーな発信 ③研究者の感覚を大切にすることの大きく3つの要素だ。これらが複合的に機能し、相乗効果を発揮することでイノベーションの土壌が醸成されている。

「Fusion Research Proposalの成果をティータイムで共有すると、そこでまた新たな意見が加わって融合研究の種が芽生えるように、知識を流動させることが非常に重要です。私たちは直接研究をするわけではありませんが、研究員の力を信じ、1+1が2以上になるように、研究員の能力を最大化していくことが自分たちの役割だと考えています」と西山氏は語る。

研究者が知っておくべきこと

 研究者は映画やドラマの俳優に例えられるかもしれない。映像作品の裏側には、沢山のスタッフがいるように、研究成果の後ろにも論文には名前の載らない人たちが多くいる。論文審査のプロセス一つをとって見ても、レビューを依頼された研究者が無償でそれを行うことが多いように、研究者か否かによらず、学術成果を支える人たちがいる。

 西浦氏は「特に若手の研究者には、支援してくれる人たちの存在に目を向けてほしい」と話す。研究者自身が積極的に「知の循環」を回す意識を持つことで、さらに好循環が生まれることが期待される。

 一方でAIMRのように、一つ屋根の下に異分野の研究者が集う環境は理想的だが、まだまだ特殊な環境と言えるだろう。物理的な距離のある環境下でも、融合研究を推進するには、どうしたらよいのだろうか。これまで数多くの共同研究を行ってきた西浦氏は、研究者の中でも“中間層の人たち”が重要な役割を担っていると話す。

「共同研究のチームには全体を統括するディレクターとなる人と、プレイヤーとして一群の研究者がいます。そこにはシニアの研究者もいれば、ポスドクや学生もいるわけですが『何に対して貢献しなければならないのかというゴールと、それに対して今どの位置にいるのか』ということを認識した上で、各々の役割意識を持たねばなりません。そのときに中間層の位置にいる人が橋渡しとなって、若手の人にも研究のおもしろさや意義、そして見通しを示すことが大切です。いわば化学反応の触媒役です。トップダウンでやれと言われても人は動かないですから、マップを共有することがかなり重要です」

 そして、このときに「ストーリー」をできれば複数用意することが望ましいという。

「共同研究をしたからといって、必ずしも学問的に進化したと言える成果が出るとは限りませんが、一方で若手研究員のキャリアのことも考えなければなりません。そして研究員も人間ですから存在価値を認められないと、なかなかそこで頑張れません。いま自分のやっていることが自身の将来や未来社会を創ることに、どうつながっていくのか。それを描くには、目の前の研究の先にある大きなストーリー(例えば気候変動の課題に取り組むにしても、いくつかの実現可能性のパターンを示すシナリオ)を複数用意できると、活躍の場を見出しやすくなるのではないでしょうか」

時流を追うだけではフロントランナーになれない

 WPIアカデミー拠点として「数理の予見に基づく材料科学」を武器に世界の先端材料科学をリードしているAIMR。

 近年、材料科学の世界では、大量のデータと人工知能(AI)を用いて材料探索を行うマテリアルズインフォマティクスをはじめ、計算機とアルゴリズムの発達によって、ビックデータの活用が進んでいる。ただ、それですべてわかるのかと言えば「そう単純ではない」と西浦氏。組織としても、個人としても常に「多様性」を維持することが肝要だと語る。

「今後も機械学習やデータドリブンが進むことは間違いありません。時流の流れを勉強するのはもちろん良いことですし、吸収すべきは吸収する。ただ、流行りにのっているだけはフォロアーでしかありません。それ以外の方法論や考え方も柔軟に身に着けておかなければフロントで活躍し続けるのは難しいでしょう。常に複数のアイデア、アプローチを持つ。その多様性を個人の中でも、研究所としても維持していかなければなりません。今の潮流は、10年後には常識になっているのですから」

 時代に遅れることなく、しかし時代に流されることもなく、独自の視点を持ち続ける。そのためには自分なりのおもしろさ、好奇心の芽を伸ばすことが不可欠であり、原点となる。

 2019年に「アシュラ粒子」の作製を報告した藪氏と西浦氏は、その後も共同研究を継続している。「実験結果とシミュレーションの相関性も高まってきて、より精密に高分子微粒子の構造が制御できるようになっています。産業応用はもちろん、さらに可能性を広げたいですね」と藪氏は話す。

 また、藪氏は潮流の変化も感じているという。「伝統ある実験化学の世界では『数学でそんなことができるのか?』という懐疑的な見方もまだあると思いますし、私も今回の共同研究を始めるまで確信を持つには至っていませんでした。しかし実際にやってみて、その先入観は見事に打ち砕かれました。最近では理論モデルと実験のコラボレーションについて、西浦先生や私が学会で講演を依頼されることも増えてきました。また、理論と実験の両面からアプローチした論文の発表も以前に比べると多くなっていると思います」。

 そして西浦氏は「私の構想からすれば、藪先生との共同研究はまだ始まったばかり。双方の若手研究者をどんどん巻き込みながら、コラボレーションを推進していきたいですね」と意気込みを語った。独創的な融合研究を進めるAIMRの今後の展開にますます期待したい。


関連情報

過去記事