WPIで生まれた研究READING

生物学者と化学者の“ラーメン屋会議”が食糧危機を解決!?(下)

分子の力でアフリカを緑の大地に(下)

好評シリーズ「WPI世界トップレベル研究拠点」潜入記 第9回!

WPI(世界トップレベル研究拠点プログラム)は、異なる研究分野間、言語と文化の垣根を超えて世界の英知が結集する、世界に開かれた国際研究拠点を日本につくることを目指して2007年、文部科学省が策定した研究拠点形成事業で、2021年現在、全国に13研究拠点が発足しています。

9回目となる「潜入記」の舞台は、名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)。ここに新たな分子を開発することで、アフリカの食糧問題と対峙している気鋭の生物学者がいると聞き、土屋雄一朗特任教授と森川彰特任講師にお話を伺いました!

【清水 修, ブルーバックス編集部】

大きなきっかけになった伝説の“ラーメン会議”とは

「ある日、ぼくはWPI-ITbMの同僚である萩原伸也さん(伊丹グループ准教授)、大学院生の吉村柾彦くん(伊丹グループ)と3人で『食事しながら研究の話をしよう』とラーメンを食べに行きました。ラーメンをすすりながら『ストライガっていう滅法悪いやつがいて、やっつけたいんだよ』とか『ストライガのストリゴラクトン受容体は、受容した後にストリゴラクトンを分解しちゃうんだよ』などと2人に話したんです。

で、話し合いたいテーマからはちょっとずれてたんですけど、いきなり、『それだったら、分解されたら光るストリゴラクトンを作れるんじゃない?』という話が2人から出てきたんです。ああ、そうか。まあ、それはそれで出来たらおもしろいねって盛り上がって、とりあえずその日はお開きとなりました」

その3日後、院生の吉村さんが「できました」と「分解されたら光るストリゴラクトン」を持ってきた。なんと、開発期間はたった3日である!

実際に確認したところ、たしかに分解されると緑色に光る。「ストライガのストリゴラクトン受容体にフィットする分子を確かめるのにちょうど良い試薬ができた」ということで、吉村さんの名前から「ヨシムラクトングリーン」と名付けた。この試薬開発に関しては、その後、論文にもなり、現在はヨシムラクトングリーンの名前で市販されるに至っている。

ストライガの種子の受容体と反応するヨシムラクトングリーン(ビデオ提供:吉村 柾彦) 出典:名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM, https://www.itbm.nagoya-u.ac.jp[EN], https://www.itbm.nagoya-u.ac.jp/index-ja.php[JP])

「そうやって試薬としてのヨシムラクトンが出来て、他にもいくつかおもしろい発見があって、ようやく『ストリゴラクトン受容体とくっつく分子』を簡単に調べられる実験系が出来上がりました。それからは、ケミカルスクリーニングをやっていきました」

それってなんでしょうか?

「ええと、機能がよく分からない、ただ作っただけの化合物が1万個とか10万個とか集められて『ケミカルライブラリー』として市販されているんです。薬の候補となる分子を探したりするのに使うものですね。このケミカルライブラリーの中から目標となる化合物を探し当てるのがケミカルスクリーニングです。

ぼくらの場合は、1万2000個の化合物の中から『ストライガのストリゴラクトン受容体にだけくっつく分子』を探していきました。すると、ストライガの発芽を刺激する分子が20個見つかり、その後、『ストライガのストリゴラクトン受容体にだけくっつく分子』というのも見つかったんです。これを改良していけば、ストライガだけに効く『自殺発芽誘導分子』が見つかるだろうということになりました」

おお! やりましたね! 大きな山を越えたかんじ。

微量の副産物に注目して強烈な刺激活性を実現

「でもね、分子の合成って目的のものが純度100%で取れるわけではないんです。常に副産物が出てきます。それで、たまたま微量の副産物が出てきて、それをよく調べたらストライガへの発芽刺激活性がものすごく高かったんですよ。ぼくらは『これはチャンスかもしれない』と思って、その微量の副産物を生成して、分子構造を決めていきました。そして、それをもう一段階改良して、最終的に『ティースプーン1杯で琵琶湖の湖水全体の刺激活性を高められるほどの自殺発芽誘引分子、SPL7(スフィノラクトン-7)』を完成させたんです」

SPL7と土屋先生

ティースプーン1杯で琵琶湖の湖水全体! ものすごい刺激活性だ。そこまで効率が良いならば、この分子を溶かした大量の水を広大なアフリカの被害エリアに撒けば良いということになる。とうとう、出来てしまいましたね!

「いろいろな偶然が重なって完成された『奇跡の分子』なんですよね、SPL7は」

あ、もうひとりのインタビュイー・森川さんが手を挙げている。ずっと土屋さんの話ばかり聞き続けて、放っておいてすみません。はい、森川さん!

「でも、ぼくが思うに、単に偶然が重なって完成したのではなく、言うなれば、この開発チームは自力で『奇跡を手繰り寄せた』のだと思いますよ。副産物って通常ならノイズなので、あまり注目せずに捨てちゃいますよね。それを捨てずに調べていった勝利というか」(森川特任講師)

たしかに! 普通なら捨ててしまうものや見落としてしまうことに注目したために新たな発見に繋がったという話はけっこう多い。ノーベル賞を受賞した「青色発光ダイオード」も加熱装置が故障した時に故意にそのまま実験を続けたことで発明に至った。このあたりは、研究者の「センス」なのだろう。新たな成果を掴み取るセンスがあったということだ。

ケニアでの実地試験、鋭意進行中

SPL7は実験によって『他の植物には効かず、ストライガだけに効く』ということが分かった。また、菌根菌やカビにはあまり効かないことも分かった。実際、かなり濃い濃度でSPL7を与えても、変化するのはストライガだけだった。理想的な反応である。土屋さんたちはこれらの結果を論文にまとめ、2018年に発表した。冒頭で記した通り、この発表は各新聞(一般紙)を始めとするメディアで大々的に取り上げられた。

「その反響はすごいものでした。我々の研究成果が社会に知られたこともうれしいですが、何よりもアフリカでのストライガ被害のことが社会的に知られる機会になったということに大きな意義を感じましたね」

さて、晴れて、SPL7を作り上げたのだから、次はアフリカで散布の実験を行って社会実装に近づけていかなければならない。実地試験はどんな状況なのだろうか。

「それはまさに今、ケニアに滞在してくれている森川さんが進めてくれています。森川さんに状況をうかがいましょう」

森川さん、お待たせしました! お願いします!

「はい、それでは現地ケニアからお伝えします(笑)。ストライガの実地試験は2年前、2019年から始めました。1年目は『まずは1回、どんなかんじになるかやってみよう』ということで始めました。2年目(昨年2020年)は残念ながら世界的なコロナ禍の影響でケニアへの渡航が禁止になってしまい、作業ができませんでした。その後、やっと渡航OKになって、ケニアに来て、トライアルの続きをやっています。だから、まだ結果がでていないんです」(森川特任講師)

ストライガと戦う研究者たち。右から二番目が土屋先生、左から二番目が森川先生。

たしかにコロナの影響は大きい。さもありなん。どんなところで実地試験をやっているのですか?

「Kenya Agricultural & Livestock Research Organization という農業系の研究を担当している政府機関があるんですが、ヴィクトリア湖周辺の支所にストライガの試験を行って良い制限区域、試験農場があって、そこで実地試験をやっています。ケニアにおいて、ストライガの試験というのはやはりとても重要な位置付けになりますので、この実験には 国も注目しているかんじですね。

ただ、試験農場は一般の畑と同じですから、乾季には雨は降らない。でも、ぼくは試験をやりたいので離れたところから水を汲んできて撒いたり、小川から水を引く作業をしたりしています。水道はないので、そういう下準備的な管理作業が多いです。難しいのは条件設定ですかね。実験室では限定された条件で実験できますが、その条件をそのまま屋外の試験農場に持ち込めるわけではない。外に出れば天候も一定ではないし、気温も変化する。そのあたりをバランスをとってひとつずつ条件をコントロールしていくしかないわけです」(森川特任講師)

考えてみれば、ストライガの被害エリアは広大なわけだから、場所によって気候もずいぶん違うはず。なるべく多様な条件で試験する必要があるということになる。

「今後、コロナが下火になってからの試験がとても重要になってくると思います。社会実装できるまで、まだまだやらなければならないことがたくさんありますね」(森川特任講師)

植物の根っこから世界の問題解決へ

そろそろインタビューも終盤になってきた。SPL7はこれから実地試験を繰り返して社会実装に近づけていくわけだが、土屋さんは今後、どんな研究に進んでいこうとしているのだろう?

「ストライガと同様に農作物に被害を及ぼす寄生植物として、『オロバンキ(Orobanche)』というやつがいるんですよ。こちらはアフリカを含めて、地中海沿岸、中東、アジア、オーストラリアと被害範囲がストライガより広い。このオロバンキの被害を何とかできないかと思っているんです。試しに、オロバンキにSPL7をかけてみたんですけど、あまり効かない。だから、オロバンキ用のものを開発していかなきゃと思っています」

なるほど、それも社会的意義の高い研究だ。

「それからもうひとつ。現在、世界中でリン資源が枯渇しつつあります。その悪影響はやがて出てきます。それで、リンといえば菌根菌。菌根菌は世界の80%くらいの植物と共生できるんですが、植物のリン酸の吸収を助けます。だから、『菌根菌の成長を制御できる分子』を開発したら、世界の植物が効率よくリン酸を取り込めるようになるかもしれない」

うーん、おもしろい。たった一株の植物の根っこをめぐる研究が世界の食糧問題や資源枯渇の問題にまで繋がっている。ラーメン会議から始まったこととはとても思えないほどの壮大なスケールである。SPL7はやがてアフリカを救うであろう。そして、今後、展開される研究は世界を救うかもしれない。

ケニアが緑の大地になる日まで土屋先生の闘いは続く

「それもこれもすべて、ぼくの『寄生生物への興味』から始まったものなんです。そもそも『植物なんだから普通に光合成して生きていけばいいのに、なぜ、他の生き物から栄養を吸い取る必要があるの?』という部分に興味をそそられるんですよ。実験室で育てられないから調べようがないということも、興味をそそります。まさにおもしろ生物だと思いませんか」

おもしろ生物好きの研究者が作り出す光明。やはり我々は科学に希望を託せる時代に生きている。これからも土屋さんは興味のおもむくままに人類の希望を紡いでいくにちがいない。


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