WPIで生まれた研究READING

植物×化学で「小さな孔」から世界を変える(WPI-ITbM)

「暑くても寒くても、そこで生きていかなければならない植物。どうやって刻一刻と変わる環境に対応しているのか、それが知りたかったのです」

WPI-ITbM(名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所)教授の木下俊則さんが抱いた植物への興味。そこから始まった研究が、いま、食料の安定供給や二酸化炭素(CO2)の削減といった地球規模の課題に光をもたらそうとしている。

木下さんの研究対象は「気孔」。葉の裏に多い、唇のような小さな孔(あな)だ。小学校の理科で観察した人も多いだろう。気孔は、太陽光に刺激されることで開き、光合成に必要なCO2を取込むと同時に蒸散も行うことで、根からの養分吸収を促進している。一見、じっとしているようで、植物体内の動きは実に目まぐるしい。そして植物は、地球上、最大のバイオマスでもある。

木下さんの研究グループは、これまで気孔の開閉メカニズムの解明を進め、その制御に関わる重要な因子を特定してきた。2013年には世界初となる気孔の開きを大きくする技術を開発し、光合成の活性化に成功※1,2。CO2の吸収量を増やし、植物の生産量が向上することを実証した。2021年には、イネを用いて野外圃場における収量増加に成功した※3,4。一方、2018年には、化合物によって気孔が開かないよう制御し、葉のしおれを抑制できることも示した※5,6。(図1参照)

図1. 気孔の開閉とその働き

「最初から、具体的な応用を見据えていたわけではありませんが、基礎研究でしっかりとメカニズムを調べてきたからこそ、応用の可能性が広がってきました」と木下さんは語る。

左から佐藤綾人 特任准教授、木下俊則 教授、相原悠介 特任講師

この研究は、化学と生物学の融合研究を行うITbMにおいて、植物のポテンシャルを最大限に引き出す分子の探索へと発展している。それはまさに、私たちの生活を大きく変えうる生命機能分子「トランスフォーマティブ生命分子」と言えるだろう。

化学のバックグランドを持つ佐藤綾人 特任准教授、植物生理学を専門とする相原悠介 特任講師、そして木下教授の3人に、融合研究の醍醐味とその成果を聞いた。

植物の話にゾクゾクする

木下さんが気孔に関する研究に着手したのは2000年より前にさかのぼる。気孔は、1対の孔辺細胞からできていて、この細胞が太陽光に含まれる青色光に応答して開く。開口の駆動力となっているのが、細胞膜にあるプロトンポンプだ。

2013年、木下さんのグループは、気孔におけるプロトンポンプ遺伝子の発現量を遺伝子操作によって増やし、気孔の開きを25%ほど大きくすることに成功した。光合成が促進されることでCO2の吸収は約15%、植物の生育(生産量)も約1.5倍アップするという研究結果は、世界初の気孔制御技術として大きな注目を集めた※1,2

「日本で遺伝子組換え技術を用いることにはまだ壁がありますが、海外の企業からは実用化に向けた話が持ちかけられました。一方で、化合物によって気孔の開口を制御することができれば、植物体そのものを変えることなく、必要なときだけ、スイッチのオン・オフのように可逆的な制御ができるのではないかと考えました。そこで、気孔の開閉に関与する化合物を探すため、世界でまだ誰もやっていない網羅的スクリーニングをやりましょうとITbMができて間もなく佐藤さんに相談したのです」と木下さんは振り返る。

木下俊則さん ITbM教授(プロフィール詳細はこちら

ITbMは2012年に採択され、翌年に正式に発足。佐藤綾人さんは、化合物ライブラリーセンターを牽引する研究者としてITbMに加わった。佐藤さんは、研究推進主事としてリサーチプロモーションディビジョン(RPD)のヘッドも併任していることから、ITbM全体の研究内容を把握する目的で、当初から木下さんのグループミーティングに参加していた。

「ITbMに着任するまでは医療応用を見据えた化合物を扱ってきました。人間とはまったく違う、植物独自の能力はセンセーショナルでしたね。これはすごいとゾクゾクしたのを覚えています」と佐藤さんは話す。

佐藤綾人さん ITbM特任准教授、事務部門を兼務

「これはデザインできる」と確信

佐藤さんは「何がヒットするか分からない。植物の応答性を期待して分子設計をした面もあるが、既知の路線で調べたところで二番煎じになる」と、さまざまな構造をもった約2万種類の化合物ライブラリーを用意。いわゆるランダムスクリーニングだ。

2万もの化合物で気孔の開き具合を調べるとは、なんとも気が遠くなりそうだが、スクリーニングを担当した相原悠介さんは、前任者から引き継いだ手法をさらに改良し、マルバツユクサを使って効率よく計測する実験系を確立した。2018年、ITbMに着任してすぐに任された大仕事だった。

「穴あけパンチで4ミリ幅の葉の断片をたくさん集めるのですが、熟練してくると今では一人で1日300近い化合物の評価をこなせます。表皮のみ剥がして調べる場合は、繊細な作業になるので、もう少し手間がかかりますね」と話す。(図2参照)

図2. 気孔開度を測定するハイスループット・スクリーニング法

この方法で約2万の化合物の中から、光による気孔開口を抑制する物質として9個の化合物(気孔閉口化合物SCL ; Stomatal Closing Compound 1~9)がピックアップされた※5,6

このスクリーニング、気孔の開き具合に影響を与える化合物を見つけ出すという背景には、そもそも気孔の開閉メカニズムを理解したいという狙いがあった。実は、気孔を開かせるプロトンポンプが、どうしたらスイッチONになるのか、その活性化のメカニズムは、完全に解明されていない。孔辺細胞に青色光が当たると、フォトトロピンという光受容体が活性化し、細胞内のシグナル伝達を誘導するのだが、その伝達経路には不明点も残っている。(図3参照)

図3. 青色光による気孔開口のシグナル伝達。細胞膜プロトンポンプが活性化するとカリウムイオン(K+)の取り込みを誘導。その結果、浸透圧が上昇し、水が取り込まれ、孔辺細胞の体積が増加することで気孔が開く。フォトトロピンの光受容から細胞膜プロトンポンプ活性化までの前半の経路に謎が残る。

スクリーニングで選抜された化合物のうち、まずSCL1とSCL2について詳細な解析が行われ、細胞膜のプロトンポンプを活性化する上で重要なシグナル伝達因子を阻害することで、気孔の開口を抑制していることが分かった。メカニズムの解明を一歩前進したことは植物生理学において大きな意義がある。

さらにSCL1をバラやエンバク(オーツ麦)の葉に散布してみると、乾燥によるしおれが顕著に抑えられた。切り花や生け花の鮮度保持、輸送コスト削減、農産物の乾燥耐性の付与への応用が期待されている。(図4参照)

図4. バラの葉にSCL1を散布し、葉を切り取って6時間後の様子

以前から、植物ホルモンであるアブシジン酸が気孔を閉じさせることは知られていた。だが、種子の休眠や成長阻害など多面的な生理作用を持つため、乾燥耐性を付与する薬剤として使うには、その副作用が問題となる。その点、気孔のみに作用するSCL1やSCL2にはメリットがあると言える。

「天然物でなくても、植物ホルモンの類似構造でなくても、合成化合物で気孔を制御できたことには、大きな手ごたえを感じました。分子設計のデザイン次第では、まだまだ植物の力を引き出せるぞ、というモチベーションになりましたね」と佐藤さんは語る。将来的な応用を見据えれば、天然資源に頼らずに人工合成できることは、供給面やコストの安定性にもプラスであるし、植物に対する効果を高め、毒性は抑えるというファインチューニングができる点で大きな利点となるだろう。

構造を少し変えただけで!? これぞ「化学の力」

その後、光による気孔開口を抑制するその他の化合物についても解析が進み、有望な化合物が見つかってきているという。

「最初は、スクリーニングで選抜した化合物がなかなか植物に吸収されず、苦労しました。例えば人間では吸収が上がった方法を試しても、むしろ植物では吸収が悪くなってしまうなど、改めて植物に効かせて、毒性が出ないように排泄させる、というのは挑戦しごたえのあるテーマだと感じています」と佐藤さん。

試行錯誤を繰り返す中、相原さんがスクリーニングで選抜した化合物に、有機合成や触媒化学を専門とする伊丹研究室に在籍していた村上慧さん(現・関西学院大・准教授)らがアレンジを加えたところ、気孔開口を阻害する活性が最大で66倍も高まるという驚異的な結果が得られた※7,8。(図5参照)

図5.分子改良により、しおれを抑制する効果が顕著に向上

この結果に、相原さんは「予想をはるかに上回る結果でした。化学の力を心底、実感しました」と話す。相原さんは、化合物の親和性はターゲットに対して上がっていると見ている。低濃度で使用できる化合物によって、副作用もさらに低減するのか検証を進めている。

相原悠介さん ITbM特任講師、JSTさきがけ研究者

アンダーワンルーフで育む「集合知」

「66倍という結果に、ここまで生物活性が上がるのかと、化学のバックグランドを持つ研究者も我々も驚きました。異なる分野の研究者が、同じ知的好奇心と、それぞれの分野が独特に持つ興奮、その両方がうまく重なり合い、一緒に喜び合えたことが忘れられません。研究成果そのものだけでなく、こうした体験が自分にとってかけがえのないもので、異分野融合の醍醐味だと思います」と相原さんは語る。

ITbMでは融合研究を促進するため、研究室の垣根を越えた研究テーマに対し、年に一度「ITbM Research award」を授与している。2015年には、相原さんの前任者であり、木下研究室に在籍していた戸田陽介さんが、当時伊丹研究室に在籍していた村上さんと、化合物による気孔の制御を提案し、これを受賞していた。その後、有望な化合物が見つかってきた段階で相原さんは研究を引き継ぎ、戸田さんから村上さんを紹介してもらった経緯がある。「人の縁のつながりも、融合研究を深めるうえで大切」だと話す。

2015年はITbMの建物が完成したタイミングでもある。それまで名古屋大学内の別々の場所で活動していたITbMの各研究室が名実ともに「アンダーワンルーフ」となり、研究環境も大きく変わった。相原さんは現在の取り組みを次のように紹介する。

「化合物の薬効を研究するうえでは、まず化合物がどの生体分子に作用しているのか、標的を明らかにすることが、メカニズム解明の手がかりとなります。ただ、実際にはそう簡単に突き止められるものではなく、行き詰まることも多々あります。そこで重要となるのが『集合知』です。ITbMには、ヒト、魚類、細菌など、さまざまな生命現象を扱う研究者がいます。他の研究者が、化合物の標的を見極める際に、どんな工夫をしていて、どんな課題を抱えているのか。その知見を共有する場として、1年ほど前から『ITbM標的同定勉強会』を運営しています。ここでは教える・教わるという関係性ではなく、皆が一堂に会して、経験を持ち合います。ただ誰かのやり方を教わるだけでは、結局また同じところで躓いてしまうので、うまくいかないことも含めて情報共有し、皆でアイデアを出し、突破口を見出そうとしています」

一つの切り口で異分野の研究者同士がつながることで、今後どのような成果が出てくるのか、ますます期待したい。

現場の経験では、今回紹介した化合物による気孔制御技術の社会実装に向けて動く “ITbMならではの最強のチーム”を紹介する。

【取材・文:堀川 晃菜、写真・図版提供:ITbM】

《参考文献》

※1  ”Overexpression of plasma membrane H+-ATPase in guard cells promotes light-induced stomatal opening and enhances plant growth” Yin Wang, Ko Noguchi, Natsuko Ono, Shin-ichiro Inoue, Ichiro Terashima, and Toshinori Kinoshita, PNAS 2014, 111, 533.
DOI:10.1073/pnas.1305438111

※2 研究ハイライト「気孔の開口を大きくして、植物の生産量の増加に成功」
https://www.itbm.nagoya-u.ac.jp/ja_backup/research/2014/01/Kinoshita-Stomata.php

※3 “Plasma membrane H+-ATPase overexpression increases rice yield via simultaneous enhancement of nutrient uptake and photosynthesis” Maoxing Zhang, Yin Wang, Xi Chen, Feiyun Xu, Ming Ding, Wenxiu Ye, Yuya Kawai, Yosuke Toda, Yuki Hayashi, Takamasa Suzuki, Houqing Zeng, Liang Xiao, Xin Xiao, Jin Xu, Shiwei Guo, Feng Yan, Qirong Shen, Guohua Xu, Toshinori Kinoshita and Yiyong Zhu, Nature Communications 2021, 12, 735.
DOI: 10.1038/s41467-021-20964-4

※4 イネの収量を増加させる画期的な技術開発に成功〜食糧増産と二酸化炭素や肥料の削減に期待〜
https://www.itbm.nagoya-u.ac.jp/ja_backup/research/2021/02/post-28.php

※5 ”Identification and Characterization of Compounds that Affect Stomatal Movements” Shigeo Toh, Shinpei Inoue, Yosuke Toda, Takahiro Yuki, Kyota Suzuki, Shin Hamamoto, Kohei Fukatsu, Saya Aoki, Mami Uchida, Eri Asai, Nobuyuki Uozumi, Ayato Sato and Toshinori Kinoshita, Plant & Cell Physiology 2018, 59, 1568.
DOI: 10.1093/pcp/pcy061

※6 研究ハイライト「気孔開口を抑制する新しい化合物を新たに発見~植物のしおれを抑える新たな技術開発に期待〜」
https://www.itbm.nagoya-u.ac.jp/ja_backup/research/2018/04/SCL-Kinoshita.php

※7 “Identification and improvement of isothiocyanate-based inhibitors on stomatal opening to act as drought tolerance-conferring agrochemicals” Yusuke Aihara, Bumpei Maeda, Kanna Goto, Koji Takahashi, Mika Nomoto, Shigeo Toh, Wenxiu Ye, Yosuke Toda, Mami Uchida, Eri Asai, Yasuomi Tada, Kenichiro Itami, Ayato Sato, Kei Murakami and Toshinori Kinoshita, Nature Communications 2023, 14, 2665. 
DOI:10.1038/s41467-023-38102-7

※8 研究ハイライト「植物の気孔開口を抑え、しおれを防ぐ天然物を新たに発見! ~正体は辛味成分、分子改造で幅広い用途へ~」 https://www.itbm.nagoya-u.ac.jp/ja/research/2023/05/post-59.php

◎木下研究室について
名古屋大学 植物生理学グループ


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