WPIで生まれた研究READING

コロナ禍の今こそ、全世界に「行動変容」のムーヴメントを!(下)

「公平な」低炭素社会実現への道のり(下)

好評シリーズ「WPI世界トップレベル研究拠点」潜入記 第8回!

WPI(世界トップレベル研究拠点プログラム)は、異なる研究分野間、言語と文化の垣根を超えて世界の英知が結集する、世界に開かれた国際研究拠点を日本につくることを目指して2007年、文部科学省が策定した研究拠点形成事業で、2021年現在、全国に13研究拠点が発足しています。

8回目となる「潜入記」の舞台は、九州大学 カーボンニュートラル・エネルギー国際研究所(WPI-I2CNER)。『技術』、『社会』、『システム』の結びつきについて独自の研究をしているアンドリュー・チャップマン准教授にお話を聞いてきました。

【清水 修, ブルーバックス編集部】

コロナ禍におけるCO2減少とオゾンの増加

それでは少し、コロナの話を……。2020年はとにかく新型コロナウィルスに振り回された年でしたが、おそらく今後もコロナとの共存は続きますよね。ワクチンができたとしても。その一方で、CO2削減も進めて低炭素社会に近づいていかなきゃならない。この両者のバランスってどう考えていらっしゃいますか。

「6月頃に工学の辻健先生(九州大学工学研究院・I2CNER教授)からお声がけいただいて、『COVID-19 が低炭素エネルギー社会への転換に及ぼす影響』について共同論文(Sustainability Vol. 12(19), 8232, Chapman, A and Tsuji, T. DOI: 10 3390/su1219823 )を書きました」

「中国、米国、ブラジルといったコロナ感染規模の大きな国を中心に、欧州、アジア、南米も視野に入れて、各国のデータを見ていきました。やはり、一番目についたのは人々の移動の減少によるCO2排出量の低下。この時は4月時点でのCO2排出量が分かっていましたが、前年と比べると1日あたり最大17%減少していました(編集部註:最終的に2020年末の時点では前年比7%減少)」

「世界中の人がテレワークしたり出張を控えたりすることでこれだけ減らせることが分かりました。しかし、その一方で、オゾン(O3)が増えています。オゾン層にあるオゾンは紫外線を和らげてくれるので身体に良いのですが、地表にいる我々の周りにオゾンが増えると、大気汚染の原因になります。肺への影響があるということですね」

オゾン。そんな落とし穴が。

「それから、新型コロナウィルス対策においては『医療の逼迫』という話がよく言われていますね。各国はこれを国家単位で解決していこうとしています。ここにも問題があります」

「医療の逼迫を回避するために、欧米の豊かな国々は低所得の国々にビザを発行して、医療従事者をスカウトしています。そうやって、低所得の国々に医療従事者が減っていった時にそれらの国で新型コロナウィルスが感染爆発したら確実に医療崩壊します。また、医療従事者が枯渇すればコロナ医療のノウハウも足りなくなります。だから、今後はなるべく国家主義で進めずに世界全体で医療者の配分調節をしていくべきだと思います」

コロナでの教訓を地球温暖化問題に生かす

来年になるか再来年になるか、まだ分からないですが、このまま、新型コロナウィルスの蔓延が収束していったとしても、そのあとにはCO2削減という大きな問題が残っていますね。

「新型コロナウィルス問題とCO2削減問題はどちらもグローバルクライシスですね。そして、どちらも新たな科学・技術を必要とする。新型コロナウィルスなら新しいワクチンや特効薬の開発が、CO2削減ならWPI-I2CNERで研究しているような新たなCO2削減技術や再生可能エネルギー技術が、それぞれ必要になります」

「そして、どちらの問題も、解決するためには新たな科学・技術だけでは事足りなくて、世界中の人々の『行動変容』が求められる……。つまり、両者はとても似ています。だからこそ、コロナ対策で学んだ様々なことをCO2削減に活かしていくことが可能だと思うのですね」

「コロナ対策で期せずしてCO2が減ったのであれば、コロナ収束後もその行動変容を少しでもCO2のために生かしてほしい。テレワークも増えましたが、コロナが収束しても完全にはテレワークをなくさずに選択肢として残してほしい。そのようにして、少しでもCO2排出量を抑えられれば、CO2削減技術や再生可能エネルギーシステム移行のコストが抑えられます。同時に、社会的公平性も高まります」

なるほど、コロナ対策の教訓を活かせば、今よりもCO2削減が進めやすくなるかもしれない。行動変容……この言葉の重みが、これまで以上に我々一人ひとりにのしかかってくるということである。

SDGsを表す「本当の図」と負荷の分配

根本的な質問をしてよろしいでしょうか……。本来、人間も、人間が作る社会も、大きな「自然」の一部ですよね。なのに、人間は自然を破壊してしまう。地球の立場からすれば、自己免疫疾患みたいな。自分(地球)の身体の中にいる免疫抗体(人間)が自分(地球)を攻撃しているかんじ。

だから、本当は人間が「全面的に自然に従う状態」に戻れば良いのだろうけど、原始人のような自然生活には還れない。そんな膠着状態を自ら作り出した人間はどのように地球と付き合っていけば良いと思われますか。つまり、「地球(自然)と人間の理想的な関係」は?

「うーん、難しい質問ですねぇ……。ちょうど良い答えになるかどうか分かりませんが、ヒントになりそうな話をひとつしてみます。この図を見てください。SDGsの図としてやたらいろいろなところで出てきます。スーパーマーケットの壁に貼ってある『うちもSDGsやってます』のポスターにも出ている図です。環境、経済、社会の3つの輪が重なるところがサステイナブルだよねって図。ぼくはこの図にすごく違和感があるんですよ」

違和感?

「よく理解できないのです。だって、環境にも社会にも重ならない経済の部分ってなんですか? あるいは環境にも経済にも重ならない社会って? だから、ぼくはこの下の図のほうがしっくりきます」

おお、環境、社会、経済が同心円で重なっている。

「環境の中に社会があって、その社会の中に経済がある。つまり、社会も経済も環境ありきですよね。ぼくはこの図をEmbedded型(埋め込み型)の図と呼んでいます。もちろん、人間はこの経済の中にいるわけです」

「この図は学生たちにもよく示しています。『これだけは覚えて帰ってくれ』って言いながら。この構造を覚えていれば、人間は経済優先などにはならずに、おのずと社会のことや環境のことを前提として考えるようになるでしょう。社会的公平性もこの図を踏まえて考えていくべきだと思っています」

つまり、「環境に対して謙虚であれ」ということなのだろう。

「そうです。そのような前提を覚えているだけで人々の行動も変容していくだろうと思います」

再生可能エネルギー移行のコストは一律にかかる

「ここで社会的公平性の話に戻すと……日本社会が再生可能エネルギーシステムに移行していくためのコストは国民全体に一律にかかるということをご存知ですか」

「毎月届く電気料金の領収書をよく見ると『再エネ調整額』という項目があります。つまり、再生可能エネルギーに移行するためのコストを等分して利用者の支払いに上乗せしている。電気代って、お金持ちの家庭でも低所得の家庭でも、あまり変わりません。せいぜい、月に1万円〜2万円。だから再エネ調整額はどの家庭でもあまり変わらない金額が上乗せされる」

「経済的に苦しい家庭の場合は、生活費全体の中で電気代が占める部分が大きいし、本当ならば再エネ調整額ももっと低くするべきですよね。だから、社会的公平性を保ちながら再生可能エネルギー移行を進めていくためには『負荷の分配の見直し』が必要だなと思っています」

『負荷の分配の見直し』が必要と説くチャップマン先生

そんなこと全然知りませんでした! 再エネ調整額か。

「知らないですよね。多くの人々は知らないと思います。電気代だけではありません。一般的に低所得層の人々は『生活費全般の中でエネルギーに割くコストの割合』が高所得層の人々よりも高くなります。エンゲル係数と似ています。負荷分配をフェアな形に改善して社会的公平性を高めていかなきゃならない」

「我々の消費行動によって生じる環境的な負荷の代償を誰が支払っているのか、公平に支払っているのかということ。『負荷分配の見直しが必要だ』と広く周知、あるいは教育していくべきなのだと思います」

教育の影響力が人の消費行動を変える

CO2削減のための「行動変容」ってたとえばどんなことですか。ゴミを減らすとか、クルマに乗らないとか?

「そうですね。何でも良いと思いますよ。ゴミをちゃんと分別するとか、仕事場に自転車で行くとか、カーボンオフセット商品を買うとか、スーパーやコンビニで牛乳を買う時に棚の一番前のものを買うとか。前から順番に買っていけばお店は古くなって捨てなきゃいけない商品が減りますよね」

なるほど。でもそんなに生真面目な人ばかりではないと思うんですが。

「実現するためには我々一人ひとりが、どんな行動をしたら『見込む将来、希望する将来』に近づけるかを考えることによって行動変容していくことだと思います。自分の行動と『見込む将来』に近づくための行動との間にギャップがあると気づくこと。それに気づくためには『周知』や『教育』が大切。大事なのは影響力。周知や教育によって考え方を広めて社会に影響を与えていくことですね」

「今後、我々は再生可能エネルギー移行とCO2回収貯蔵の時期・量・コストを計算して数字として出していく必要があります。その際、『コロナで学んだことを生かして行動変容した場合の試算』と『従来通りの行動を続けた場合の試算』をして、その差を金額で示すこともできるでしょう。教育によってそのようなデータを示して社会に影響に与えていくということです」

再生可能エネルギー移行とCO2回収貯蔵の時期・量・コストを数字として示す必要がある」と熱弁するチャップマン先生

今日の最初のお話も含めて考えれば……低炭素社会を実現するために、どのような技術を選択するか、そして、社会がどのような行動変容をするか。この2つが大切になってくるわけですね。

「その通りです。前者の技術選択に関しては、このWPI-I2CNERという組織で100以上の技術を研究しているので、それらの最先端技術の中で『社会がどれを選択すればもっとも低炭素社会実現に貢献できるのか』というモデルを作っていきたいと思っています」

なるほど、どんな再生可能エネルギーを使うか、どんなCO2削減技術を使うかは、世界全体や各エリアの社会の実態によって変わってくる。

「正しい選択をするためには、社会の姿をどのように示すかが永遠の課題になります。だからこそ、定量化。定量化することによって、初めて、社会と経済のgive&takeを調整することができるのです」

今後のキーワードは「文化」と「AI」

我々一般人にとっても、とても興味深いご研究だと思います。今後はどのように研究を進めていきたいと考えていますか。

「今後、視野に入れていきたいのは『文化の影響』です。日本は比較的均質な文化、均質な社会ですが、特に米国は多様な文化を持つ社会です。たとえば、アンケートで1から7の選択肢を示すと、ある種の文化の人々(ネイティブアメリカンなど)では最初から2から4の選択肢の中からしか選ばないという回答傾向があります。1、5、6、7は最初から無視している。そういう部分は文化によってまったく違ってきます。だから、様々な『文化の影響』を組み込めば、もっと上手にモデル化できるだろうと思います」

「そして、もうひとつ。研究手法としては機械学習やAIを取り入れていきたいと思っています。膨大な数の人にアンケートを取ることはすごく時間とコストがかかります。機械学習とAIを活用すれば社会の姿を浮かび上がらせるための有力なデータとなってくれるでしょう」

社会の姿を正確に描くために複雑なパラメータと格闘する日々。社会的公平性はその格闘の先に存在しているのだ。

「ぼくは『COVID-19の第3波が日本に襲いかかり、11都道府県に緊急事態宣言が発令されている今こそ、よりよい社会の構築に専念するきっかけが到来したのだ』と考えています。今後、日本でもワクチン接種ができるようになり、人々はポストCOVIDの時代を築いていくことでしょう。その時に、COVID-19による経済停滞、環境への影響など、我々が学んだことをどう活用するのかが課題となります」

「低炭素、そして公平な社会を構築するにあたってのエビデンスが多く浮上した中、その適用が重要となるでしょう。1月21日、バイデン氏が米国大統領に就任し、グローバルな観点から米国はWHO脱退撤回やパリ協定復帰を果たしました。ぼくの研究にあるように、今後はグローバルコミュニティを通じて、より効率的、公平な社会の実現が成し遂げられていくだろうと信じています。日本と世界のグローバルリーダーが低炭素社会、SDGsの実現等に力を添えていることに大きな希望を感じています」

グローバルリーダーの先導のもと、巨大な危機を乗り越えるために、誰もが行動変容を求められる時代がやってきた。社会の意識を変えていくために、今日もまた、チャップマン准教授はデータ分析に勤しんでいるにちがいない。


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