WPIで生まれた研究READING

コロナ禍の今こそ、全世界に「行動変容」のムーヴメントを!(上)

「公平な」低炭素社会実現への道のり(上)

好評シリーズ「WPI世界トップレベル研究拠点」潜入記 第8回!

WPI(世界トップレベル研究拠点プログラム)は、異なる研究分野間、言語と文化の垣根を超えて世界の英知が結集する、世界に開かれた国際研究拠点を日本につくることを目指して2007年、文部科学省が策定した研究拠点形成事業で、2021年現在、全国に13研究拠点が発足しています。

8回目となる「潜入記」の舞台は、九州大学 カーボンニュートラル・エネルギー国際研究所(WPI-I2CNER)。『技術』、『社会』、『システム』の結びつきについて独自の研究をしているアンドリュー・チャップマン准教授にお話を聞いてきました。

【清水 修, ブルーバックス編集部】

今となってはずいぶん前の話に感じるけれど、2019年はグレタ・トゥンベリさんの登場とともに「CO2削減」がとても熱いトピックだった。多くの人々が「間に合わないぞ」と言い、CO2削減の必要性を叫んでいた。しかし、2020年は新型コロナウィルス一色。世間では地球温暖化の話やCO2削減の話など二の次という状況だ。目の前の危機のほうが優先されるのは分かるのだが……。

もちろん、「コロナ禍で世界中の人の移動が大幅に減ったためにCO2も激減した」という良い知らせもある。しかし、だからって安心できるわけではない。我々の生存のために産業革命以降の気温上昇を1.5℃にまで抑える必要があるわけだが、すでに1.2℃上がっていることに変わりはない。はたして「CO2排出量を2030年までに26%減。2050年までにゼロにする」なんて実現できるのか……。

という疑問をぶつけたくて、再生可能エネルギー関連の研究者を探していたら、またもや、九州大学カーボンニュートラル・エネルギー国際研究所(以下、WPI-I2CNER)に適任者を発見。アンドリュー・チャップマン准教授である。コロナ禍の規制緩和の合間を縫って、さっそく我々、WPI潜入チームは福岡へと飛んだ。

九州大学カーボンニュートラル・エネルギー国際研究所

技術、社会、システムの関係性を探る

「Nice to meet you!」

「あ、日本語で大丈夫ですよ。どうもどうも。ようこそいらっしゃいました!」

アンドリュー・チャップマン准教授

なんと! チャップマン准教授はとても日本語が堪能なオーストラリア人なのであった(それも西日本風アクセント)。

WPI-I2CNERはCO2削減と再生可能エネルギーシステム構築のための様々な基礎科学を研究している研究所なのだが、「社会経済技術分析と政策分析」という文系テイストの研究も行なっている。チャップマン准教授はまさにそのど真ん中、「再生可能エネルギー移行と社会の関係性」を研究する研究者なのである。

「ええと、ではまず、やっている研究の概要から説明しましょう……。ぼくはエネルギーアナリシス、技術・システム評価、社会的公平性などの研究をしているのですが、基本的に『技術』、『社会』、『システム』という3点の結びつき、Nexusに注目しています。『人が様々な行動において、どのような技術を選択するのか。そして、その選択はシステムにどのように影響を与えるか』ということが最大の関心事です」

『技術』、『社会』、『システム』という3点の結びつき〈Nexus〉

なんと、行動ゲーム理論のような。あるいは社会学的でもありますね。

「ぼくは経済学部の講義もしていますからね。それで、最近、特に力を入れて研究しているのが『エネルギー転換への道のり』です。エネルギー転換というのは、現在の化石燃料に依存したエネルギーシステムから、再生可能エネルギーなど何らかの別のエネルギーシステムに『変わりきる』ことを意味します」

「大事なのは変わりきるの『きる』。途中段階じゃなくて完全に移行すること。かなり技術ベースの話なので、WPI-I2CNERがやっている様々な研究が直結してくるわけです。本来なら、このエネルギー転換を推す、選択するのは我々市民だということになります」

社会的公平性を測るという試み

たしかに、我々が「このようにしてほしい」と選択することによって、エネルギー転換の政策が決まっていくのは健全なプロセスだ。国が勝手に決めるよりもいいはず。

「そうなのです。我々が見込む将来、希望する将来は『現状維持の果てにある将来』とはかなりギャップがあります。そのギャップを埋めていくためにどのような技術を推していくか、選択していくかが大切なこととなります。そういう選択がSDGsにも直結するわけです。そして、この選択をする際に大切なのは『社会的公平性』だと思っています」

社会的公平性。

「そう。みんなが公平だと感じる選択肢でなければならない。ぼくは博士課程の頃からずっと、『社会的公平性を定量的に測る』ということをやってきました。これこそ、ぼくのオリジナルの研究だと思っています」

社会的公平性を測る? 公平の感覚は人それぞれ少しずつ違う。そんな定性的なものを定量的に測ることなど可能なのか。

「そのためには様々な『プロキシ指標(代替指標)』を使って公平性を判断していく必要があります。公平性の度合いを判断するために、公平性を代弁しているであろう他のデータを見ます。たとえば、「健康」の度合いをPM2.5の濃度で判断する。健康のプロキシ指標にはPM2.5が使えるわけです」

「だから、社会的公平性の中身である『環境改善』、『健康』、『コスト』、『雇用』、『参加』など複数の要素において、それぞれプロキシ指標を見て、それらを総合して社会的公平性を測っていきます」

プロキシ指標を見て、それらを総合して社会的公平性を測っていく

社会的公平性を数値化できれば「どの技術を選択してどのようなシステムを作り上げれば社会的に公平な低炭素社会を作れるのか」がシミュレーションできる。精密なシミュレーションを重ねてもっとも公平なCO2削減の道を歩んでいけば、人々の不満が蓄積することも少ないだろう。つまり、これは社会を保っていくための知恵なのだ。

再生可能エネルギーがもたらす影響を99カ国で比較

「では実際にデータから見た分析を説明しましょう。世界中の富裕な国からそうではない国まで99カ国の『エネルギー転換の進み具合』と『社会的公平性』を比較しました」

「社会的公平性の各要素をプロキシ指標で調べています……環境改善では『CO2削減量』、健康では『PM2.5の濃度』、参加では『どれだけの人々がエネルギーを使えているかどうか』、コストでは『その人の収入におけるエネルギーコストの割合』、雇用では『就職率とGDP成長率』。99カ国の国をお金持ちグループから低所得グループまで4つの集団に分けて、上記のプロキシ指標で考えました」

プロキシ指標による考察を解説するチャップマン先生

なるほど、世界レベルで社会的公平性を考えるなら、国力を比較するだけでなく、その国の「人々」の事情を比較しなければならない。

「再生可能エネルギーが増えていくのにともなって、各プロキシ指標が良い方向に変化する。つまり、生活水準が上がっていくのが好ましいベクトルであるわけです。そこで、いろいろと検討した結果、分かってきたことがいくつかありました」

「まず、デンマーク、スウェーデン、フィンランドなど北欧が属すお金持ち国グループは、再生可能エネルギー移行率がすごく進んでいるが、生活水準は最初から高くて今も高いので社会的公平性は変化なし。ぼくの母国・オーストラリアや我々がいる日本では、再生可能エネルギーは増えているのだけれど、社会的公平性は下がっている。このあたり、何かカラクリがありそうな気配なので、もっと分析していく必要があります」

再生可能エネルギー導入で社会的公平性が上がる国、下がる国

「そして、もっとも注目すべきは低所得の国のグループです。再生可能エネルギーが少し増えるだけで一気に社会的公平性が高まっている。この社会的公平性向上の要因はエネルギーアクセスです」

「端的に言えば『電気が使えるようになった』ということ。低所得の国の多くは、国内に電力網が張り巡らされていません。電気は都会でしか使えない。だけど、ソーラーパネル1枚あれば、電気が来ていないエリアでも電灯が点く。スマホも充電できる。特にサハラ砂漠以南のアフリカ諸国など、元々、電力網があまり整備されていない国ではそのような良い影響が表れています。実際にすごい変化です。かつて20%しかエネルギーアクセスがなかった国がいきなり60%に跳ね上がったりしています」

『電気が使えるようになった』ということで、「社会的公平性」が高まった

まさに再生可能エネルギーが与える希望の光。温暖化対策だけでなく、世界の社会的公平性向上に寄与しているんですね。

「そうですね。しかし、他のプロキシ指標を見ると、良いことばかりではありません。たとえば、『雇用』を見てみると、ちょっと厄介なのですね。金持ち国グループや中間グループで再生可能エネルギーが増えていくと、失業する人々が出てきてしまう。化石燃料分野で働いていた人々は仕事を失う率が高くなっていく。重電の分野で働いていた技師にいきなりソーラーパネルの技師になれと言っても無理なわけです」

つまり、従来のエネルギーシステムを行き渡らせているリッチな国ほど、新システム移行の際に損する人や困る人が出てきてしまう、と。

「まあ、総体的には『再生可能エネルギーの導入は社会的公平性を高めていく』と言うことができるのだけれど、国によってはそういう問題を抱えるところも出てきます。だから、エネルギー転換を進めていくプロセスで雇用などのケアを十分に行うことによって社会的公平性を保つ必要があるでしょうね」

化石燃料による国の発展の背後にひそむ不穏な問題

「それからもうひとつ。潜在的な問題が予測されます。そもそも、国の発展はそれぞれ時期が違うじゃないですか。日本は戦後ですよね。オーストラリアもたぶん同じ。でも英国はずいぶん前から発展している。発展を遂げるまでの時期はまちまちですが、いずれにせよ、膨大な化石燃料を使って発展してきました。」

「一方、低所得の国々は今、まさに発展し続けている。これらの国は再生可能エネルギー導入が5倍に増えていますが、実はこの背後で何十倍も化石燃料の使用が増えています。そうなると、膨大な化石燃料使用による影響で、30年後、40年後に、これらの国に健康被害が表れる可能性があります」

「このデータは25年間くらいのデータなので、欧米や日本などはすでに健康への影響の結果が出ています。しかし、後発の国々は将来的に何らかの影響がでる。この数十年のタイムラグはまさに『発展の呪い』と言ってもよいでしょう」

国の発展時期の違いから生まれるタイムラグは、まさに『発展の呪い』と言うチャップマン先生

コロナ禍において現在の感染者数は2週間くらい前に感染した人の数だ。我々はこの2週間でさえ、直感的にタイムラグを把握できないくらいだから、数十年後の話なんてピンとこない。でも、大きなリスクであることは分かる。

「だから、国ごとにそれぞれの事情に適したエネルギー転換のポリシーを打ち出していくべきだということになります。と、まあ、『社会的公平性の定量化』ってこういう話なのです。いかがでしょうか」

いやぁ、社会学者のお話を聞いている気分です。WPI-I2CNERって応用に近いところのガチ理系の研究所だと思っていたんですが、こんな研究もやっていたんですね。

「そこがWPI-I2CNERの良いところだと思います。ぼくもグローバル水素のモデリングなど、理系の研究もやっています。それと同時にこういう研究もやっています」

うーん、文系の魂を併せ持つサイエンティストである。


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