WPIで生まれた研究READING

10億分の1mの世界!生命科学者は「踊るタンパク質」の夢を見るか(上)

「見ること」による確信と革新(上)

好評シリーズ「WPI世界トップレベル研究拠点」潜入記第5回!

WPI(世界トップレベル研究拠点プログラム)は、異なる研究分野間、言語と文化の垣根を超えて世界の英知が結集する、世界に開かれた国際研究拠点を日本につくることを目指して2007年、文部科学省が策定した研究拠点形成事業で、2020年現在、全国に13研究拠点が発足しています。

13拠点のうち5拠点目となる「潜入記」の舞台は石川県。金沢大学ナノ生命科学研究所(WPI-NanoLSI)を訪ね、ナノサイズで躍動するタンパク質を見てきました!

【清水 修, ブルーバックス編集部】

顕微鏡から始まる科学の心

子供の頃、お年玉を貯めて買った顕微鏡で近所の池の藻を見るのが好きだった。思えば、昔の子供にとって顕微鏡で何かを見ることはプラモデル作りやラジオ作りと並ぶ「エキサイティングな遊び」のひとつだった。

Photo by PhotoAC

そんな少年時代のロマンティックな「科学の心」を思い出させてくれる顕微鏡。世間では多くの人々が「レンズで拡大して見るあれだろ?」と思っている。しかし、レンズで拡大しても見えないほど小さなものを見るために、実にさまざまな顕微鏡があるのだ。

光学顕微鏡、電子顕微鏡、走査型プローブ顕微鏡。科学がナノレベルに向かってどんどん発展していくにつれ、「レンズで拡大して見る」のではないさまざまな顕微鏡が登場してきている。

そんなふうに、顕微鏡に思いを馳せていたら、おもしろい研究所のことを思い出した。スペシャルな顕微鏡によって生命科学を極めていくという明確なテーマを掲げるWPI拠点、金沢大学ナノ生命科学研究所(以下、WPI-NanoLSI)。

WPI-NanoLSI

我々WPI潜入チームは少年時代の科学の心を思い出しながら、一路、金沢に向かった。

タンパク質が踊る! そして、歩く!

「まずはこの映像を見てください。何だと思います?」

わっ、いきなりですね……うーん、何か踊ってますね。虫かな?

「実はこれ、タンパク質です」

タ、タンパク質……?

「じゃあ、こちらも見てください。何だと思いますか?」

歩いていますね。シャクトリムシみたいな……。

「タンパク質です」

えー! これもタンパク質! どうしてタンパク質がこんなに動いてるんですか!

「これが実態だからですね。我が研究所が擁する高速原子間力顕微鏡(以下、高速AFM)で見ることによって、タンパク質のこんな動きが分かってきたのです」

我々を出迎えてくれたのは、WPI-NanoLSIの松本邦夫教授(主任研究者)と柴田幹大准教授。

松本邦夫教授(右)と柴田幹大准教授(左)

松本教授は肝細胞増殖因子(以下、HGF: Hepatocyte Growth Factor)と創薬に関する研究者、柴田准教授は高速AFMを使ってさまざまな細胞や分子を観察し続けている研究者である。

今回は柴田准教授からスペシャルな顕微鏡に関するお話をうかがい、松本教授からスペシャルな顕微鏡を駆使したHGFの研究についてうかがうこととなっている。

少年の科学の心を持ちながらも科学素人である我々のために、まずは柴田准教授が顕微鏡に関する話をしてくれた。

「一般に『顕微鏡』という言葉で思い出されるのは光学顕微鏡ですが、これを使うと、10ミクロン(μm:1000分の1mm)くらいのもの、たとえば水の中で動いている細胞やバクテリアなどが見られます」

柴田幹大准教授柴田幹大准教授

「しかし、『生命現象の本質』と呼ばれているタンパク質は10ナノメートル(以下、nm。1nmは10億分の1メートル)くらいですから、光学顕微鏡ではタンパク質自身の動きを直接観察することができません。そこで、開発されたのが『電子顕微鏡』。これを使うと、1nmくらいのものまで見ることができます」

なるほど。見たいものが小さくなるにつれ、別の顕微鏡が必要になる、と。

「そうなのです。ところが、電子顕微鏡は電子を使って見るので真空中に置かれたものしか見ることができません。人間の細胞やDNA、タンパク質などは水の中で生きているので電子顕微鏡では生きている状態を観察することができないのです。これらを見る可能性を持っているのが『原子間力顕微鏡』(以下、AFM:Atomic Force Microscope)です」

高速AFMが見せてくれる未知の世界

AFMは走査型プローブ顕微鏡の一種で、直径1nmくらいのものすごく細く鋭い針(探針)が付いている。この針で対象物をなぞってスキャンする。目をつむって何かに触れて形を探っていくのに似ている。

針で触れて分かる「ものの形」をイメージとしてマッピングした画像にするのだ。このAFMは「探針による接触」という方法を使うので水の中のものも測定できる。

しかし、実際にタンパク質を見ようとすると大きな問題が立ちはだかるのだという。

その問題とは「測定時間」だ。AFMは針でスキャンしていくのでひとつのフレームを撮るのに1分くらいかかってしまう。タンパク質の動きはもっとずっと速いので、AFMでは時間的に観測不可能なのだそうだ。

「タンパク質などを見るためになんとかしてAFMを高速化したい! ということで、金沢大学では『高速AFM』を開発しました。安藤敏夫先生(WPI-NanoLSI主任研究者)が20年の歳月をかけて研究し、開発したのです」

高速AFM

「この高速AFMが普通のAFMと異なる点は2つあります。

ひとつは、『ものに触れる針』の土台を薄く小さくしたという点。これにより、非常に柔らかく、かつ、1秒間に100万回も振動できる針が完成しました。

もうひとつは、高速でスキャンする電子回路を開発したという点です。これらの結果、タンパク質と針との接触が最小限になりました。タンパク質を壊すことなくスキャンすることができます」

ここで、高速AFMが設置してある実験室に案内いただいた。

金沢大学角間キャンパス内を移動する

部屋に一歩、足を踏み入れると……すごい! 手作り感満載の装置がたくさん並んでいる!

すごいですね。高速AFMってWPI-NanoLSIのオリジナルなんですか?

「オリジナルです。現在は、世界中にいくつか設置されていますが、ここが発祥です」

日夜、ここに来ていろいろなものを見ているわけですね。

「そうなんです……それで、こんなスペシャルな高速AFMで何を見るかってことですよね。一番有名な観察報告としては、古寺哲幸先生(WPI-NanoLSI教授)と安藤先生(前出)による2010年の「Nature」掲載論文(“Video imaging of walking myosin V by high-speed atomic force microscopy”)があります。

これは『アクチンフィラメント』という細胞を形成するタンパク質の上を『ミオシンV』というタンパク質が歩いている様子を動画にできたという報告です。冒頭にお見せしたシャクトリムシのような動きのタンパク質の動画がそれです」

ああ、シャクトリムシ! どう考えてもあれがタンパク質とは思えない(笑)。もう一度、見せてください。

「はい。こんなかんじで……アクチンフィラメントの上をミオシンVが動くということは昔から分かっていたのです。ただ、どう動くかは分からなかった。それを高速AFMで動画にしてみたらシャクトリムシみたいに動いていた、と。

このような動きが見たくて、安藤先生は苦労して高速AFMを開発されたのですね」

たしかにこれは衝撃的だ。こんなスペシャルな顕微鏡を手に入れたら片っぱしからいろいろなものを見たくなるはず。まさに科学の心である。

身体の中の出来事をリアルタイムで探る

「それで……ぼくはこの高速AFMを使って他のいろいろなタンパク質を見ています。

たとえば、最近、常に話題になる『ゲノム編集』に関する話。ゲノム編集ではCas9によってDNAを切断して編集を行うわけですが、その『DNAを切る瞬間』を高速AFMで動画にすることに成功し、2017年に『Nature Communications』で論文発表しました(“Real-space and real-time dynamics of CRISPR-Cas9 visualized by high-speed atomic force microscopy”)。こんなかんじです」

あ、切れた!

ゲノム編集でDNAを切ったり繋いだりすることは頭では分かっていましたが、実際に目で見ると説得力ありますね。こんなふうに切れるんですねぇ。驚いた……。

「もちろん、タンパク質だけでなく細胞も高速AFMで見ています。これはラットの脳の神経細胞の動きを見たものです。ここに記憶や学習に関わっている『スパイン』という構造体があります。これがどのように他の神経細胞とコンタクトしようとしているかということですね。こんなふうにすごくダイナミックに動いています。これは2015年に『Scientific Reports』に発表した成果です(“Long-tip high-speed atomic force microscopy for nanometer-scale imaging in live cells”)》」

いや、すごい。体の中のナノレベルの世界の出来事をリアルタイムで目撃できるなんて。

柴田准教授は今後、営々と高速AFMの動画データを蓄積して、きっとナノの世界の動画データベースを作り上げていくにちがいない。

高速AFMを操作する柴田幹大准教授


関連情報

過去記事