金沢大学 ナノ生命科学研究所WPI-NanoLSI

ナノプローブ生命科学:生命科学の「未踏ナノ領域」開拓

拠点ロゴ
“目に見えない小さな世界を観る”ことは、あらゆる物性や現象の起源を学び、科学を発展させる基盤となります。ナノ生命科学研究所(WPI-NanoLSI)は、独自の顕微鏡技術によって、これまで人類が目にしたことのない現象をナノスケールで直接観察し、科学に飛躍的な進展をもたらすことを目指しています。

研究の目標

生命現象の真理を、ナノスケールで解き明かす

身体を構成する細胞の内外には無数の分子が存在し、その相互作用によって生命現象を生みだします。しかし、人類は未だそれを直接観察することができません。生命科学の「未踏ナノ領域」です。WPI-NanoLSIは、世界最先端の走査型プローブ顕微鏡技術を核として、ナノ計測学、生命科学、超分子化学、数理計算科学の融合を進め、この未踏ナノ領域の開拓を目指しています。 「これまで誰も見たことのない生命現象をナノスケールで直接観察し、その仕組みを根本的に理解する」 WPI-NanoLSIは、世界最先端の研究でこれを実現し、新たな学問領域「ナノプローブ生命科学」を創生して、生命科学に飛躍的な進展をもたらすべく努力しています。

拠点長:福間 剛士

(拠点長からのメッセージ)

あらゆる物性や現象の起源は、ナノスケール(10億分の1メートル程度)の構造や動態で説明できます。したがって、これらを直接観て正確に理解することは、あらゆる科学技術に通じる究極の目標です。我々は、液中で原子や分子の動きを直接観ることのできるナノプローブ技術の開発で世界をリードしてきました。本拠点では、これらのユニークなイメージング技術を基盤として、細胞の表層や内部という「未踏ナノ領域」を開拓し、人類が観たことのない現象を直接可視化することで生命科学分野に飛躍的な進展をもたらすとともに 、「ナノプローブ生命科学」という新たな学問分野を形成することを目指しています。

(プロフィール)

2003年、京都大学博士課程修了。博士(工学)。同大学博士研究員、Trinity College Dublin 主任研究者、金沢大学准教授を経て、2012年から同大学教授を務める。2017年に同大学ナノ生命科学研究所(WPI-NanoLSI)の所長に着任し、現在に至る。世界初の液中原子分解観察可能な周波数変調原子間力顕微鏡(FM-AFM)の実現により、原子・分子レベルの計測技術を化学・バイオ分野にもたらし、「未踏ナノ領域」開拓の契機となった。3D-AFM、電位分布計測技術の開発などナノプローブ技術で世界をリードする。日本学術振興会賞(2018)、文部科学大臣表彰若手科学者賞(2011)などを受賞。

特徴・研究成果

バイオイメージング分野のハブとなる、唯一無二の研究拠点

WPI-NanoLSIは、研究者が有機的に連携して自由に先進的な研究を進められるよう、多様な取組で支援をしています。
研究所内では、PI中心に最新の研究成果を共有するColloquium、研究室同士が一対一でディスカッションをするT-meeting、ランチを片手にフラットな環境で対話をするLuncheonの3種類の研究会で、週1回以上の交流機会を設けています。そして、この交流から生まれた共同研究を融合研究推進グラントでスタートアップ支援しています。所外に対しては、若手を対象とするBio-SPM Summer School、多様な分野を対象とするBio-SPM Collaborative Research、世界トップクラスの研究室を対象とするVisiting Fellows Programの3つのOpen Facility Programsを展開し、バイオイメージング分野で多彩な連携を構築しています。英国とカナダに設置しているサテライト拠点では、拠点を中心とする新たな連携の構築を目的として国際シンポジウムを開催し、複数の共同研究につなげています。また、これらの成果は、大学院において若手研究者の育成に生かされます。
こうした多様な活動は、新型コロナウイルス感染拡大の影響下にある現在も、適宜形を変えて継続しています。大学院ナノ生命科学専攻での若手研究者育成も順調に進み、バイオイメージング分野のハブとしての取組は、ますます広がっています。


第8回 Bio-SPM Summer School での集合写真

生きた細胞の内部をナノレベルで直接観察できる原子間力顕微鏡技術の開発に成功!

生きた細胞の中で働くタンパク質、核酸、脂質、代謝物質などのナノスケールの構造および動態を理解することは、疾患や老化などのさまざまな生命現象を根本的に理解するために極めて重要です。しかし、既存の観察技術では、それらを生細胞内部で観ることはほとんどできていません。
WPI-NanoLSIの福間剛士教授、マルコス・ペネド特任助教(研究当時)、産業技術総合研究所の中村史副連携研究室長らの共同研究グループは、生細胞内部の構造や動態を直接ナノスケールで観察できる「ナノ内視鏡AFM」を世界で初めて開発することに成功しました。この技術では、あたかも人体に内視鏡カメラを挿入してその内部を観察するように、生きた細胞の内部に細長いニードル状のAFM探針を挿入し、その内部構造を可視化します。探針を細胞内部に挿入する際に、探針先端は内部構造を押しのけるため反発力を受けますが、その力を3次元的に記録することで細胞内構造を可視化できます。本研究では、この技術を用いて、細胞核やアクチン繊維などの3次元分布や、細胞膜を支えるメッシュ状の裏打ち構造の動きを、生きたままの細胞の内部で観察できることを明らかにしました。
これまでにも、細胞表面をAFM探針で強くたたいて硬さ分布を計測する方法や、細胞内を伝搬する振動波の減衰を測定する方法により、AFMで細胞内構造を観察しようとする試みはありましたが、いずれも細胞内構造の2次元投影図しか得られていません。それを本研究では、初めて3次元的に可視化することに成功しました。さらに本手法では、細胞内構造と探針を直接接触させられるため、原理的には、分子分解能観察や、力学物性計測、分子認識イメージングなどのほぼすべてのAFM機能が活用できます。これらの計測は従来法では原理的に不可能だったものであり、本技術の開発によって新たな計測の可能性が拓かれました。
本研究で開発した技術により、将来、細胞内のさまざまな生命現象が直接ナノスケールで観察できるようになることが期待されます。例えば、細胞核や、ミトコンドリア、細胞骨格の表面で働くタンパク質の様子や、細胞-細胞間の接着構造、細胞核やミトコンドリアの硬さの細胞老化に伴う変化などを生細胞の内部で直接観察できる可能性があります。これらの方法により、がんや感染症などによって生じる細胞内の変化を詳細に知ることができれば、それらの診断や治療法の改善につながることが期待されます。


ナノ内視鏡AFMによる細胞内3次元観察の原理と測定例。(a)動作原理。(b)生きたHeLa細胞の3次元AFM像。(c)生きた繊維芽細胞内部のアクチン繊維の3次元AFM像。

Marcos Penedo, Keisuke Miyazawa, Naoko Okano, Hirotoshi Furusho, Takehiko Ichikawa, Mohammad Shahidul Alam, Kazuki Miyata, Chikashi Nakamura, Takeshi Fukuma. SCIENCE ADVANCES 7, eabj4990 (2021) 22 December 2021.