筑波大学 国際統合睡眠医科学研究機構WPI-IIIS

睡眠の謎に挑む

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現代神経科学最大の謎の一つである「睡眠」。WPI-IIISは、睡眠覚醒の神経科学および関連領域の世界トップレベル研究者を集結し、睡眠の機能(なぜ動物は眠るのか?)と制御機構(眠気とは何か?)の解明に挑んでいます。睡眠障害の診断・治療の新しい戦略を開発し、また睡眠に関する最先端情報を社会に発信し、人類の健康増進に貢献します。

研究の目標

全ての人々が健やかに眠れる社会の実現を目指して

私たちは人生の約1/3を睡眠に費やします。睡眠は身近な現象でありながら、その本質的な意義や機能、そして「眠気」の神経科学的な実体は未だ謎のままです。睡眠不足に陥ると、パフォーマンスが低下するばかりでなく心身の健康が蝕まれることから、睡眠の重要性は明らかです。また、睡眠覚醒制御機構の破綻による睡眠障害は、甚大な社会的損失を生み出しています。
WPI-IIISでは睡眠覚醒の謎を解明し、人々が健やかに眠れる社会を作るため、3つのミッションを掲げて研究を行っています。
1.睡眠の機能と睡眠覚醒制御機構の解明
2.睡眠障害とそれに関連する病態の解明
3.睡眠障害の予防法・診断法・治療法の開発

拠点長:柳沢 正史

(拠点長からのメッセージ)

私たちによる、新規神経ペプチド「オレキシン」の発見とその睡眠覚醒制御における重要な役割の解明により、睡眠学の新しい研究領域が創成・展開されてきました。しかしながら、睡眠覚醒調節の根本的な原理は全く分かっていません。本拠点では、「睡眠」にテーマを絞り、この現代神経科学最大の謎を解き明かしたいと考えています。私自身の米国での24年間の研究経験を活かし、米国の大学システムの良い所に学び、かつ日本の伝統の良い部分を伸ばし、拠点に所属する全ての研究者が、各自のキャリアステージを問わず、「真に面白い」研究に挑戦することを常に奨励する環境と研究文化を提供し続けます。

(プロフィール)

筑波大学医学専門学群・大学院医学研究科博士課程修了。1991年から24年間テキサス大学教授とハワード・ヒューズ医学研究所研究員を併任。2010年、内閣府最先端研究開発支援プログラム(FIRST)に研究プロジェクトが採択され、筑波大学に研究室を開設。2012年文部科学省世界トップレベル研究拠点プログラム国際統合睡眠医科学研究機構(WPI-IIIS)の発足時より機構長。2021年には、AMEDムーンショット型研究開発事業(目標7)のプロジェクトマネジャーに採択される。紫綬褒章(2016年)、慶應医学賞(2018年)、文化功労者(2019年)、茨城県民栄誉賞(2019年)、時実賞(2022年)など受賞・顕彰多数。

特徴・研究成果

様々な国と分野の研究者と有機的につながる、オープンかつフラットな組織

WPI-IIISには、20人の主任研究者からなる14のコア研究室と8つの学内連携・サテライト研究室があり、柳沢機構長のもと国内外の多岐にわたる研究分野の研究者と連携することで、睡眠医科学に関する革新的な研究活動を行っています。
柳沢機構長は、米国トップレベルのテキサス大学サウスウエスタン医学センターで20年以上にわたって教授・主任研究者として活躍してきました。この経験を活かし、WPI-IIISでは米国式の「デパートメント(学部)」の長所を取り入れた研究組織を構築・運営しています。優秀な人材には年齢・キャリアを問わず主任研究者としての機会と十分な資金的サポートを与え、実験施設や高額機器などを機構内で共有することで、効率よく研究ができる体制を整えています。ラボ間の物理的・心理的な垣根を無くし研究者間の活発な交流を促す数々のメカニズムなど、従来の日本的な研究組織にはない自由闊達な雰囲気があります。さらに事務部門が手厚いサポートを行い、研究に専念できる環境を整えています。研究者・学生一人ひとりが最大限の能力を発揮し素晴らしい研究成果を出すことを常に考えながら、研究部門と事務部門が一丸となって組織運営を行っています。

冬眠様状態を誘導する神経回路の発見~人工冬眠へ大きな前進~

冬眠中の動物は正常時と比べて代謝や体温が低下し、障害を伴うことなく元の状態に戻ります。しかし、マウスやラットなどの実験動物は冬眠しないため、冬眠のメカニズムは未解明でした。
本研究では、マウスとラットで視床下部の神経細胞群(Q神経)を興奮させると、数日間にわたり冬眠様の低代謝・低体温となり、その後自発的に正常に戻ることが確認されました。
本研究で冬眠しない動物に冬眠様状態を誘導できる神経回路が明らかになり、人間へも応用できる可能性が示唆されました。

主任研究者 櫻井 武、大学院生 高橋 徹ら(2020年6月 Natureで論文公開)

睡眠中の脳の再生能力が記憶を定着させる〜怖い体験が夢でよみがえる仕組み〜

成長期を過ぎると、脳の細胞は再生しないことが知られています。しかし、海馬ではごく少数の神経細胞が毎日再生する(新生ニューロン)ことが分かってきました。
この研究では、マウスの海馬では、恐怖体験をしたときに活動した発生後1か月程度の新生ニューロンが、その後のレム睡眠中にも活動することが分かりました。また、これを抑制すると、マウスが恐怖体験を忘れたようにふるまうことが分かりました。ここから、記憶の定着にはレム睡眠中の新生ニューロンの活動が関わっていることが示唆されました。
新生ニューロンが記憶を定着させるメカニズムを解明することで、アルツハイマーやPTSDなどの治療法の開発に応用できると期待されます。

主任研究者 坂口昌徳、研究員 ディペンドラ・クマールら(2020年6月 Neuronで論文公開)

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