京都大学 ヒト生物学高等研究拠点WPI-ASHBi

多分野融合研究により、ヒトの設計とその破綻機構を解明

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本拠点は、生命・数理・人文学の融合研究を推進し、ヒトに付与された特性の獲得原理とその破綻を究明する先進的ヒト生物学を創出、革新的医療開発の礎を形成することを目指します。

研究の目標

先進的なヒト生物学の推進

WPI-ASHBiでは、ヒト及びマカクザルを主な研究対象とし、
1. ヒト生物学基幹領域の集学的な研究の推進
2. 多種間多階層ゲノム情報の新規数理解析による種差表出原理の解明
3. 遺伝子改変カニクイザルによる難病モデルの確立
4. 鍵となるヒト細胞・組織の再構成系の確立
5. 先進的ヒト生物学研究における生命倫理・哲学の創成
を実現します。これらの研究が、ヒトの本質を明示するとともに、難病を含む様々な病態の発症機序を解明し、その治療法の開発基盤を提示することで、ヒト社会の健全な進歩に貢献することを目指します。

拠点長:斎藤 通紀

(拠点長からのメッセージ)

ヒトの成り立ちの解明は、根源的な課題です。これまでの生命科学は、生命現象の素過程が保存されていることを示してきました。一方で、それぞれの生物種毎に明確な種差があることも明らかで、モデル生物から得られた知見のヒトへの応用は容易ではありません。例えば、ヒトは、発生・発達に長い時間を費やし、特有の代謝機構を獲得し、その脳機能を著しく発達させました。WPI-ASHBiでは、ヒトや霊長類を用いた体系的な研究を推進し、進化が付与した多様性=種差の表出原理を解明する、先進的なヒト生物学を創成し、オープンで柔軟性に富む国際的研究環境で、若手が伸び伸びと研究できる場を提供します。

(プロフィール)

2018年のWPI-ASHBi開設と同時に拠点長に就任。生命の根幹である生殖細胞の発生機構を解明し、それを試験管内で再構成する研究を推進、生殖細胞におけるゲノム・エピゲノム制御機構とその進化を研究している。最近ではヒトiPS細胞から卵子の基となる卵原細胞を作製することや、マウスにおける卵母細胞決定因子の同定に成功するなど、発生生物学研究を開拓する多くの成果を報告している。朝日賞、恩賜賞・日本学士院賞、国際幹細胞学会(ISSCR)Momentum Award など、国内外の数々の賞を受賞。

特徴・研究成果

相互理解の素地に基づく異分野融合研究

WPI-ASHBiでは先進的なヒト生物学を創造するため、生物学と数学、生物学と倫理学の異分野融合研究を積極的に推進しています。
●生命科学―数学:生物学者が数学者に対してゲノム科学を、数学者が生物学者に数理解析法をレクチャーするセミナーを行い、相互理解の素地を十分に形成した上で、実践的な生命科学―数学の融合研究を進めています。
●生命科学―倫理学:ゲノム編集やオルガノイドなど、科学技術の進展によって生じる新たな倫理的課題を研究するだけでなく、「ヒト・生命とは何か」という哲学的課題も生物学者との議論を通じて検討しています。
●融合研究グラント:拠点内に新たな分野融合を醸成する場を積極的に形成するため、WPI-ASHBi独自の融合研究グラントを構築しています。

霊長類における X 染色体遺伝子量補正プログラムを解明

哺乳類は、性染色体構成が雌雄で異なる(雌はXX、雄はXY)ため、雌雄間でX染色体の遺伝子量を補正するプログラムが胚発生初期に起こります。本研究では、霊長類のモデル動物であるカニクイザルを用いて、X染色体の不活性化に必須のXIST遺伝子に着目し、胚発生過程におけるその作用機序の詳細な解析を行いました。その結果、霊長類でX染色体遺伝子量補正が起こる時期と経緯を解明しました。本成果により、霊長類のX染色体遺伝子量補正プログラムの仕組みが初めて明らかになりました。本成果はヒト多能性幹細胞から卵母細胞を誘導する研究、および着床前後胚培養法の技術開発促進、不妊症の原因解明などに役立つと期待されます。


XIST RNA(緑)とX連鎖遺伝子(赤)を蛍光in situハイブリダイゼーションにより可視化し不活性化の進行度合いを検証した。
図は胚齢8日目(左)胚齢57日目(右)の始原生殖細胞。

斎藤通紀 教授/拠点長・主任研究者、岡本郁弘 特定講師ら(2021年11月 Science に論文公開)

高齢者腎臓病を悪化させる原因細胞・分子の同定に成功

高齢個体の腎臓では「三次リンパ組織」が正常な組織修復を遮る可能性が示されています。本研究は、加齢に伴い増加する2種類のリンパ球がマウス腎臓の三次リンパ組織内部で相互作用し、三次リンパ組織の形成を促進することを発見しました。また、その相互作用分子としてCD153-CD30経路を同定し、この経路の遮断により三次リンパ組織の誘導が阻害され、腎臓の組織修復が促進されることで、腎障害の予後が改善することも明らかにしました。さらに、これらの細胞および分子はヒトの同様の病態でも確認されました。したがって、本研究で見いだした免疫細胞や相互作用分子を標的とした治療法は、高齢者の腎臓病の回復を促し、透析導入を遅延させる可能性があります。


老化関連T細胞と老化関連B細胞の相互作用が三次リンパ組織の成熟を促進する。

柳田素子 教授/主任研究者ら(2020年11月 Journal of Clinical Investigation に論文公開)