WPIの研究を支える人たちREADING

スタッフ全員体制で満足度の高い支援を実現(下)

物質・材料研究機構 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点(MANA)

専門部署を持たず、事務部門全員で外国人研究者支援にあたる国際ナノアーキテクトニクス研究拠点(WPI-MANA)。前回に続き、グループ単位の秘書業務に携わる伊藤さん、塚本さん、そして特定のグループ、研究者を受け持たず、全般的な拠点運営業務に携わるジョンソンさんにお話をうかがった。

【 複雑な税制への対応 】

 日本で暮らす外国人にとって、わかりにくいものの一つが税制だろう 。源泉徴収税、所得税、住民税など種類もいろいろな上、居住者、非居住者、永住者、非永住者などでも変わってくる。

 例えばMANAでは、年間を通じて海外からの研究者を多く招聘している。その旅費をMANAがサポートする場合、招聘された本人が航空券代などを立て替えて支払うと、その立替金に対して20.42%の源泉税が課税されることになる。立て替えたお金は、後で同じ額が返されると考えるのが普通だが、減額されて返されるわけだ。

ジョンソン MANAが招聘した海外の研究者が、仮に100万円の航空券代を現地で立て替えたとします。でも、MANAはそこから源泉税を差し引いた約80万円しかその研究者に戻せないんです。説明しても納得されない方もいらっしゃいますが、たしかにちょっと納得しにくいですよね。

伊藤 成田空港からつくばに移動するバス代も、招聘されたご本人が立て替え、MANAにその領収書を提出したとします。それに対して、MANAは、領収書に記載された金額の8割しか返さないわけです。

 日本が租税条約を結んでいる国から招聘する場合には、事前に届出書を税務署に提出することで、招聘された研究者が立て替えても、課税を回避できる。ただし、国によって異なる租税条約の内容や必要書類を1人1人について調べて、税務署に申請するのは煩雑なうえ、国によっては本人が居住地で取得しなければならない書類もあり、招聘される側にも負担が発生してしまう。ジョンソンさんは「今後もっと税務署への届け出の手続きがシステム化され、簡素化されれば楽になる」と期待する。

【 机の場所にも気を配る 】

 大学院生の相談に乗るのも、秘書業務の大事な仕事の一つだ。

塚本 困ったことはないかと時々声をかけています。「大丈夫だよ」と答える人もいれば、「話を聞いて」と言う人もいます。会議室で相談に乗ったりしますね。

伊藤 お友だちを紹介することも。

塚本 新しい学生さんが来ると、年齢の近い学生さんの机の近くに席を配置したり。

——そういう配慮もされるんですね。

塚本 年が近いと仲良くなりますよ。

伊藤 学生には上司に相談できない悩みがあるんですよ(笑)。

ジョンソン 各グループで歓送迎会やお花見など、よくしていますし、MANA全体でもバーベキューパーティを開催しています。

——ホームシックに陥る方もいらっしゃいますか?

伊藤 ホームシックかコミュニケーションの問題かわかりませんが、悩んでいる様子の方はいらっしゃいますよ。考えてみると、私たちだって、もし日本語の通じない国に行って、1年間かそこらで何か成果を上げなければならないとなるとものすごくプレッシャーを感じますよね。周りに知り合いもいない、スーパーに行っても自分が欲しいものは売ってない。そういう環境で生活することの大変さは想像できます。

【 窓口とバックオフィスの一体化 】

 MANAの事務部門の特徴は、前述したとおり、外国人研究者支援のための専門部署を設けていない点にある。そのメリットの一つは情報共有を効率化できることだが、事務部門長の中山知信さんによれば、もう一つの狙いは、窓口とバックオフィスの一体化だという。

「窓口と、その後ろで働いている人たちが分かれていると、後ろで働く人は研究者と接する機会が生まれません。MANAではそういうことがなく、全員が窓口で、かつ実際の業務も行います。外国人研究者が、何か要望を伝えてきたとき、MANAの事務スタッフは、『それはできない』と言下に断ることはありません。相手の話をまず聞く。その上で、できない場合はできない理由を説明します。このとき窓口業務の人ができない理由を説明するのと、実際の業務に携わる人が説明するのでは、説得力が違います。海外から日本に来て、自分の話を誰も聞いてくれず、適当にあしらわれたり、『その仕組みは、あの人に聞いて。その手続きは、そっちの人に頼んで』とたらい回しにされたら、疎外感も生まれるでしょう。我々日本人だって、あちらこちらの窓口で何度も同じ話をしなければならないのは嫌ですよね。MANAでは、日本人、外国人の区別なく研究者の負担を可能な限り軽くしたいと思っています。その方法として、情報共有(業務縦割り廃止)、窓口・バックオフィス一体化が有効だと考えています。このやり方は、WPI拠点のサイズの組織では特に有効だと思います。」

 MANAの場合は、事務部門の支援スタッフ全員が最前線で研究者に対応し、かつ情報共有も十分進んでいるため、スタッフ一人の意見は、事務部門の総意でもある。もちろん複雑で、一見不合理な税制など、いくら説明しても、納得してもらえない問題もある。しかし、外国人研究者の訴えに耳を傾け、真摯に説明すれば、反発心は拭えないにしても、それが疎外感にまで発展することはなさそうだ。

 MANAでの取材後、筆者はJST二の宮ハウスへ移動し、MANAに参加するスペイン出身のアドリアンさん、ウクライナ出身のアナスタシアさん、オラナさんに話を聞いた。3人ともMANAでの研究活動には満足しているらしく、しつこく「不満に思っていることをあえて一つ上げてください」と訊ねても、アドリアンさんは「特にない」と言い、アナスタシアさんは「暑い」、オラナさんは「つくば地区以外では英語の交通標識が少ないこと」とMANAの支援とは直接関係のない「不満」のポイントを挙げた。3人だけとはいえ、MANAの支援体制に対する満足度の高さがうかがえた。

【取材・文、緑慎也】

【参考書籍】
物質・材料研究機構(NIMS)著 『こちら若手国際研究拠点』(日経BP、2008年)
MANAを擁するNIMSは、2003年に若手国際研究拠点(ICYS)を立ち上げ、国際的な研究環境を築いた実績を持つ。そのノウハウをふんだんに盛り込んでいるのが本書。2011年には本書の要点を英語化した『The Challenging Daily Life or how I came to love Japanese culture』(文化工房)も出版された。

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