草の根サポートから組織的サポートへの展開。
——— ハッピーの連鎖を作るために(下)

外国人研究者サポートは事務フローの構築から徐々に作り上げられていくため、種々の生活サポートに関して、当初は制度化されていない傾向にあります。まずは担当職員が業務外の行動として外国人の生活サポートを始め、やがて、それらを組織として行う形が整えられていきます。ここでは、東北大学AIMRの歴史を背景に、拠点設立当初に草の根的に外国人研究者生活サポートをしていた橋本圭一さん、生活サポートを組織的な業務として構築していった及川洋さんのお話を紹介します。

【取材・文:清水修、写真撮影:熱海俊一】

東北大学 材料科学高等研究所(AIMR)

JRCが設立されてからは、事務手続の擦り合わせなどのために私たち事務職員が先方(2018年現在の設置場所であるケンブリッジ大学、シカゴ大学等)に赴くことも多くなり、先方の外国人研究者対応スタッフと話す機会が増えました。いずれの大学も外国人研究者サポート部署が大変充実しており、組織をあげてサポート活動をやっているかんじです。

IACの運営に当たっては世界の中で外国人研究者サポートの充実している大学をいろいろと調べてお手本にすることとしました。
どの大学においても外国人研究者支援の充実ぶりには、目を見張るばかりで、特にコペンハーゲン大学の外国人支援オフィス「ISM」は、IACの目指すオフィスとして、意見交換等の交流を続けております。
ISMは組織規模・予算規模もIACとは段違いですし、市と連携して支援体制を構築しているなど、職場環境がうらやましくも思いますが、何よりもマインドが違うと感じさせられます。
その顕著な支援として、家族支援の充実ぶりが挙げられます。家族を孤立させないこと、家族がホームシックになり、帰国を余儀なくされる外国人研究者を見てきたこともあり、家族も交えての交流会、就職支援、キッズ支援など、あらゆる家族支援が整っています。

この家族支援がIACにとって最後の終着点ではないかと考えています。IAC設立当時に在籍していたスタッフが着任した時に話したことは今でも覚えており、彼女自身、海外の大学における支援を身近に見てきていましたが、家族をケアすることの大切さを痛感したと話してくれました。
ISMと出会っていない、その時からも家族ケアを目標に掲げており、使途に制限がある予算の中で何ができるのか、今も考えております。

海外の大学における支援内容で「レンタルサポート」や「Give over」という支援がありIACでも取り入れました。
「レンタルサポート」というのは、掃除機や電動自転車などをAIMRの予算で購入し、2週間くらいの期限をつけて、外国人研究者に貸し出すというシステムです。
支援内容そのものもですが、サポート用品については、小谷元子AIMR拠点長からアドバイスを頂いて揃えました。小谷拠点長は海外の研究所で幾度も勤務したことがあり、外国人研究者との交流も盛んである研究者からアドバイスを頂くことも、内容を検討していく上で、とても役立ちました。
来日時にすぐに必要になるもの、そんな品物を取り揃えています。

「Give over」というのは、IACのメンバーで、たとえば、すでに不要になったスーツケースなどを拠出して、掲示板に「スーツケースゆずります」と告知するというものです。退任する外国人研究者に呼びかけて、不要なモノを置いていってもらって、この動きをサイクル化しようと思っていたのですが、思っていたほど定着しませんでした。
この定着しないということを分かることも大切で、海外で定着している支援が、日本では定着しない、支援の試行錯誤を繰り返して、支援内容を充実させていっています。

また、サポート業務というものは「どこまでサポートするのか」という問題がずっとついて回ります。ISMと同じく、IACが師と仰いでいるリヨン大学の支援オフィス「ULyS」からのアドバイスでしたが、「どこまでのサポートをするのか、明確に線を引いて決めておかないと、何でもやることになってしまって、『腕を食べられる(マンパワーをすべて取られてしまう)』と思いますよ」ということでした。要するに、携帯電話の番号も教えてどんなことでも対応すべきなのかどうかという問題ですね。これはとても難しい問題ですが、現在は月曜日から金曜日までの勤務時間内のみ、対応する形になっています。支援する側にも、心のゆとりが必要であると思います。

家族ケアの話に戻りますが、、家族サポートとなると、どこまで突っ込んでやって良いのかという制度的な判断が難しいですね。たとえば、外国人研究者家族のためにAIMRの中にキッズルームを作りたいという構想をずっと温めています。しかし、現在のところ、そのような用途に使える予算はないんですね。今後、いろいろと検討していくべき課題だと思っています。

【 災害と外国人サポート。東日本大震災の経験 】

及川 AIMR発足以来、もっとも大変な出来事としては東日本大震災(2011年)がありました。あの時、「最後に自分を守れるのは自分だけだな」と痛感しました。だから、「AIMRの外国人研究者たちも、日本語を覚えて自分で自分を守る術を持ってほしい」と思い、AIMR内の日本語教室を開設したのです。この日本語教室は現在、参加者の範囲を広げて学内の参加希望者は誰でも参加できるようにしています。

橋本 東日本大震災の直後は、すでにAIMRを卒業していった仲の良い外国人研究者からたくさんのメールをもらいました。「大丈夫か? 私の国に来い。私が住んでいるアパートの空き部屋に住めば良い」といったメール文面ばかりで、とてもうれしかったですね。

あの震災の後、AIMR所属の研究者は続々と帰国していきました。数ヶ月を経ても仙台に戻ってこない研究者がけっこう多くて、「仙台は安全なので帰ってきてほしい」とWEBサイトで呼びかけたり、こまめにメールを送ったりしていました。母国に帰ってそのまま辞めてしまった方も何人かいましたが、努力の甲斐あって、ほとんどの外国人研究者は仙台に戻ってきてくれました。

【 外国人研究者受入担当者になる方へのアドバイス(橋本・及川) 】

橋本 私の場合、すでにAIMRから異動してずいぶん経ちますが、あの頃は普通の大学職員がやらないようなことがたくさんできて、充実していたし、とても楽しかったですね。これから担当者になる方へのメッセージは「最終的には『気持ち』ですよ」ということ。外国人研究者サポートにおいては、たしかに英語力は大切ですが、一番大切なのは英語力よりも気持ち、真心なのだと思います。本気でコミュニケーションを取ろうとすれば、日本語でも気持ちは伝わりますからね。心理的な「壁」を作らないで、相手に気持ちで接していくことに尽きるのではないかと思います。

及川 いつも「日本を代表して外国人研究者をケアしている」という意識でやっています。「ありがとう」と言われた時はとてもうれしいし、海外の大学との連携がうまくいった時は自分が架け橋になった気がして、とてもやり甲斐を感じます。これから担当者になる方へのメッセージとしては「外国人ケアをすることのやり甲斐をいかに見いだせるか」が大切だと伝えたいです。橋本さんもおっしゃられていること、全く同感でして、英語とは手段であって、英語そのものは目的じゃありませんので、外国人対応=英語ではないと感じています。
先ほど話に出た、IAC設立当時のスタッフ、設立以来一緒に頑張っている二人のスタッフ、このIACの誇る3人のスタッフに共通しているのは、日本語でのコミュニケーションをしっかりと取れる人、人とのふれ合いを楽しめる人です。日本語でできないことは英語でもできないですからね。
彼女たちの言葉を借りれば、支援とは「ハッピーが連鎖していくこと」でもあるし、自分も高めていける「Give and take」でもあり、時に「忍耐力」が必要になることでもあります。
その中でやり甲斐を見いだせること、それができれば英語も含め「苦」でなくなってくるのではないかと思います。
それからもうひとつ、外国人研究者受入担当者になる方へのメッセージとして、「具体的な先行例を教えてほしいという場合は、私たちでよろしければ何でもお教えいたしますので、ぜひ仙台に、話を聞きにいらっしゃってください」と伝えたいです。お待ちしています。

【2018年12月5日。AIMR本館にて】