WPIで生まれた研究READING

地球生命の起源となったアミノ酸は小惑星から来た?天体内部の電気化学(WPI-ELSI後編)

小惑星とアミノ酸

前編の最後では、地球生命の起源として「地球にあった物質から生じた」と「地球外から来た」の大きく2つの方向性の説があることと、前者の説として深海での生命発生の可能性について紹介した。

Liさんは後者の説、特に「小惑星から来た隕石に含まれるアミノ酸が生命のもととなった可能性」を探っている。

小惑星を調べると、太陽系の初期の情報を得ることができる。
「太陽系の天体は、最初から今のような姿で存在したわけではなく、岩石や氷の粒が衝突・合体して徐々に大きく成長しました。しかし、衝突・合体時には、その衝撃で生じる熱で岩石が溶け、もともとはどのような岩石だったのかがわからなくなってしまいます。何度も衝突・合体を繰り返して大きくなった惑星と比べて、小惑星は衝突・合体が少ないため、惑星ほど高温にならず、 もとの岩石 やその中に含まれる有機物の情報を保持しています。小惑星は天体が惑星に成長する前段階である『微惑星』そのものであるともいえます」(Liさん)

一口に「小惑星」といっても、岩石質のものや金属質のものなど様々な種類があり、特徴によって分類される。
たとえば、リュウグウは「C型小惑星」だ。CはCarbon炭素が多いという意味である。炭素が多いということは、有機物が含まれる可能性が高い。また、C型小惑星は、太陽系の初期からあまり変化していない始原的な隕石「炭素質コンドライト」の母天体である。太陽系の初期の情報が得られる炭素質コンドライトは隕石の中でも特に重要で、鉱物組成や酸素同位体組成などによってCI、CM、CRなど8つの型に分類されている。
リュウグウの試料を分析すると、炭素質コンドライトの中でも「CIコンドライト」と似ていることがわかった。CIコンドライトは、太陽系の物質を全て集めたような成分(太陽系の質量のほとんどを太陽が占めるので、太陽の成分とほぼ一致する)をもち、“太陽系を代表する物質”とよばれる。

小惑星の物質を入手する方法は2つある。ひとつは小惑星の破片、すなわち小惑星を起源とする隕石を地球上で拾うことだ。もうひとつは、探査機「はやぶさ2」のように小惑星に行き、岩石や砂を採取し地球に持ち帰るサンプルリターンだ。

これまでの研究で、「はやぶさ2」が持ち帰った小惑星リュウグウの砂や、太陽系形成前から存在し、太陽系を作るもととなった微粒子(プレソーラー粒子)を含む「マーチソン隕石」などにアミノ酸が含まれることがわかっている。

リュウグウの試料からは33種類 のアミノ酸が発見された。天然に約500種類存在するアミノ酸のうち、アスパラギン酸やグルタミン酸などの約20種類はタンパク質を構成する。タンパク質は地球の生物の体をつくり、代謝経路(生命維持のための細胞の中で起こる連鎖的な化学反応)を制御をする物質だ。リュウグウの試料から発見された33種類のアミノ酸のうちタンパク質構成アミノ酸は6種あった。

リュウグウは、最初はもっと大きな小惑星(母天体とよぶ)であったと考えられており、リュウグウ試料の分析から、リュウグウの母天体は土星より外側にあった氷微惑星で、内部には液体の水があったと推定されている。それが現在の地球と火星の間を周回する軌道に移動し、太陽に近づき温度が上がって内部の水は蒸発し、天体衝突によって破壊され、リュウグウが形成されたと考えられる。

炭素質コンドライト隕石における「水のパラドックス」解明

小惑星は惑星ほど大幅には変化していないが、水と反応してできる磁鉄鉱などの鉱物が含まれ、過去に岩石が水と反応して変化した(水質変成した)形跡がみられることがある。つまりこのことは過去に水があったことを示している。

これまでの研究で、実験では水のある環境中で、アミノ酸が合成されることがわかっている。しかし、隕石を分析すると、水があったことを示す水質変成の程度が大きい炭素質コンドライト(炭素の多い始原的な隕石)ほどタンパク質を作るアミノ酸の含有量が少ない。
母天体上の化学反応を模擬した実験結果と、実際に隕石を分析した結果との間には食い違いがあるのだ。
この矛盾は「水のパラドックス」と呼ばれる。

Liさんは「水のパラドックス」を解明するため、炭素質コンドライトの母天体内部の環境を模擬した実験を行い、2編の論文を書いた。

「炭素質コンドライトの母天体の内部で起こっていた機構を考え、それを検証するため、電気化学セルを用いた模擬実験で酸化還元条件や効果的な触媒を調べました。
まず、α-脂肪族アミノ酸(グリシン、アラニン、バリン)が、脂肪族アミンとヒドロキシ酸に分解されることを発見し、コンドライト中の有機物の相対量が、水質変成の程度の指標となりえることを初めて提案しました。
これにもとづき、CRコンドライトを中心に水質変成の程度が異なる隕石のアミノ酸成分を比較しました(Li et al., 2022)。
次の論文では、CIコンドライトやCMコンドライトの種類を増やし、リュウグウ試料にも研究対象を広げました(Li et al., 2023)」(Liさん)

この研究には、中村さんの電気化学の知見や、北台さんの実験のノウハウが取り入れられている。

①アミノ酸の分解機構の考案

中村さんが発見した、チムニーで水素から電子が渡される電気化学反応【前編を参照】と同様に「隕石の母天体の中でも、水素からアミノ酸に電子が渡され、それによってアミノ酸が分解されたのではないか」と、Liさんは氷天体における化学に詳しい黒川宏之さん(当時ELSI在籍、現 東京大学)と、関根康人さんとの議論を通してアイデアを得た。続いてLiさんは、中村さん・北台さんと、この反応が熱力学的に起こり得るのか議論した。中村さんも「深海と、隕石の母天体の内部の環境は似ているのではないか」と考えている。

Credit: Li et al. Nature Communications 2022
左図:リュウグウの母天体のような氷微惑星の内部における、アミノ酸の分解モデル。灰色は水素に富む岩石のコア(核)を、青色は二酸化炭素と水に富むマントルを、オレンジ色は鉱物(蛇紋石serpentineと磁鉄鉱magnetiteなど)を表す。
マントルの水/岩石質量比(W/R比)が低く(<1)、多孔質で岩石に富むコアでは、流体はアルカリ性(pH9~13)に緩衝され、コアの中にあったカンラン石が水と反応してできた蛇紋石と磁鉄鉱が主要な鉱物として存在する。この蛇紋岩化作用の過程で硫化鉱物(FeS、NiS)もできる。これらの硫化鉱物はリュウグウ試料中にも豊富に見つかっている。
流体中には電子供与体となる水素分子が豊富に含まれている。水素分子が酸化されプロトンH+や水になるとき、電子が放出される。その電子は、硫化鉱物(FeS、NiS)とマントルの流体の境界面で、アミノ酸を還元し分解する。
右図:硫化鉱物とマントル流体の境界面の拡大図。水素からアミノ酸に電子が渡され、アミノ酸が分解される。

②アミノ酸の分解の模擬実験

Liさんは、硫化鉄FeSや硫化ニッケルNiSを触媒として、タンパク質構成アミノ酸(グリシン・アラニン・バリン)が分解される機構を実験で検証した。続いて、タンパク質をつくるアミノ酸であるアスパラギン酸とグルタミン酸が、水素から電子を受け取ることで分解される機構を考え、実験を行った。これらの実験で使われた電気化学セル(写真)は、北台さんの協力によるものだ。

ELSIの地下1階にあるLiさんの実験室は、中村さんと共同のものも含めて3部屋もある。【右上】チャンバー内にある電気化学セルは、北台さんの協力のもとで作られたものだ。【右下】別の部屋では、アミノ酸の高速液体クロマトグラフィー分析が着々と進行していた。

「熱変性がほとんど見られず始原的な炭素質コンドライトであるCRコンドライト中のアミノ酸前駆体(反応前の物質)と比べて、反応生成物(反応後にできる物質)が相対的に濃縮されているのは、アミノ酸の分解のためだと説明できました。
そこで、コンドライト中の有機物の相対量が、水質変成の程度の指標となりえることを初めて提案しました。
これに基づいて、CRコンドライトを中心に水質変成の程度が異なる隕石のアミノ酸成分を比較し、アミンとヒドロキシ酸アナログ、2種類の化合物がアミノ酸と共存した状態で水質変成を強く経験した炭素質コンドライトに濃縮することを見いだしました」(Liさん)

③複数の隕石の比較

CI・CM・CR型隕石とリュウグウ試料の中のアミノ酸成分を比較した。水質変成の程度が大きい隕石(CI型とCR型2.0-2.4、リュウグウ試料)ではアスパラギン酸の分解後に生じるβ-アラニンと、グルタミン酸の分解後に生じるγ-アミノ酪酸が多いことがわかった。逆にいえば、あまり水質変成していないCR型2.7-2.8ならば、分解を免れたアスパラギン酸やグルタミン酸を地球に運びうるといえる。

Credit: Reproduced from Li et al. Science Advances 2023
図A:2種類のタンパク質構成アミノ酸(アスパラギン酸とグルタミン酸)がそれぞれ非タンパク質構成アミノ酸(β-アラニンとγ-アミノ酪酸)に分解される機構。
図B-D:強い水質変成を経験した炭素質コンドライト(CR2.0-2.4、CI1、リュウグウ試料)には、左図の分解反応後に生成された非タンパク質構成アミノ酸であるβ-アラニンとγ-アミノ酪酸が相対的に濃縮している。水質変成をあまり経験していない炭素質コンドライト(CR2.7-2.8)にはアスパラギン酸とグルタミン酸が分解されずに残っている。つまり、水質変成の度合いが小さい隕石では、タンパク質構成アミノ酸が保持されているといえる。CMグループは特殊で、水質変成の程度にかかわらず、すべての試料がタンパク質構成アミノ酸を保存していた。

重要なのは、25℃の低温条件下でこの分解反応が起きることが確認できた点だ。リュウグウ試料に含まれる磁鉄鉱の酸素同位体比から、リュウグウ母天体の内部にあった水の温度は30℃ほどだったと見積もられている。リュウグウ母天体の環境下では、このアミノ酸分解反応が起こり得るわけだ。よって、リュウグウ試料に分解後に生成されるβ-アラニンとγ-アミノ酪酸が多く含まれていることが説明できる。

最後に、これらの結果を踏まえ、Liさんたちは解明したアミノ酸の分解機構を天体の進化のシナリオに落とし込んだ。
CMコンドライトは(水/岩石比の低い)コアが起源で、そこでは水素ガスがアミノ酸の保存を助けるとLiさんたちは提唱した。一方、CI と CR は(水/岩石比の高い)マントル起源とみられる。 つまり、CI・CM・CR コンドライトは母天体内の異なる部分に由来すると考えられ、このことから岩石コアと水に富んだマントルの分化が小惑星ごとの化学的不均一性を生み出す重要なメカニズムであると示唆された。

Credit: Reproduced from Li et al. Science Advances 2023
Liさんたちが考えた、リュウグウや炭素質コンドライトの母天体の形成・進化のシナリオ。AからEの順に母天体が進化する。
A:岩石や氷の粒、微惑星が衝突・合体し母天体が形成される。
B:母天体内部でコア/マントルの分化と、岩石と水の相互作用によるアミノ酸の分解が起こる。
C:天体の凍結。
D:天体の移動(Migration)が起こり、土星より外側にあった母天体のうちのいくつかは小惑星帯やその内側へ移動する。その間にリュウグウの母天体のように破壊されるものもある。水質変成されたCI・CRコンドライトの一部やリュウグウは母天体のマントルの破片(黄色)、CMコンドライトと前者以外のCRコンドライトはコアの破片(黒)だと考えられる。
E:天体が破壊され、現在の小惑星や隕石の姿に至る。

Liさんは「NASAの『オサイリス・レックスOSIRIS-REx』というミッションで、小惑星ベンヌの砂が2023年9月に地球に持ち帰られました。B型小惑星(C型と近いが反射スペクトルが若干異なる)であるベンヌ試料のアミノ酸の分析結果も楽しみです。C型小惑星のリュウグウ試料の結果と合わせると、また新たな発見があるかもしれません」と今後の展望を語る。

地球生命の起源について、3人の意見が一致しているわけではない。だからこそ、議論を重ねながら多角的な研究が行える。これもあらゆる可能性から地球生命の起源に迫る「ELSIならでは」であろう。


【取材・文:小熊 みどり、写真・図版提供:Li Yamei 特任准教授、WPI-ELSI】


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