WPIで生まれた研究READING

地球生命の起源に電気化学で迫る融合研究(WPI-ELSI前編)

東京工業大学に設立されたWPI拠点「地球生命研究所ELSI」のLi Yamei特任准教授と中村龍平教授、JAMSTECの北台紀夫副主任研究員(2013-2019年ELSI在籍)は、電気化学で地球生命の起源を探る共同研究を行っている。電気化学とは、原子や分子間の電子のやりとり(酸化還元反応)や、そのときに発生する電位などに着目して化学反応を理解する分野だ。3人は深海の熱水噴出孔や、隕石の母天体で起こる反応を調べている。

左よりLi Yameiさん、中村龍平さん、北台紀夫さん

共同研究のきっかけとELSIの研究環境

北台さんと中村さんが共同研究を始めたのは2016年のことだ。
北台さんは「ELSIは地球“生命”研究所ですが、設立から5年ほどは、母体である東工大の地球惑星科学の研究と比べて、生命の研究が手薄な状況でした。かつ、ELSIの柱となるようなオリジナルの研究が必要とされていました。それに挑戦してみよう、と当時理化学研究所に在籍していた中村さんと共同研究を始めました。同じく理研にいたLiさんも加わり、生命の発生に至る電気化学的な反応に着目した研究は世界でも例が少なく、ELSIの柱のひとつにもなれたのではないかと自負しています」と、ここまでの歩みを振り返る。

3人とも「もともとは違う研究をしていて、最初から今の研究内容に興味があったわけではなかった」と話す。Liさんは学生の頃は材料科学の研究をしていた。中村さんのワークショップへの参加をきっかけに、電気化学の分野に飛び込んだ。北台さんはアミノ酸の脱水反応でペプチドを作るなどの有機化学の基礎実験を行っていた。具体的に熱水噴出孔での生命の発生について考え始めたのは、中村さんたちと組んでからだ。深海の電気化学を研究していた中村さんも、宇宙に研究対象を広げたのはLiさんと共同研究を始めてからだという

中村さんは「ELSIにはさまざまなバックグラウンドの人材を受け入れる懐の深さがあり、異なる分野の研究者同士が交流しています。また、他の機関との共同研究も盛んに行われています。そこから異分野融合研究のアイデアが生まれ、これまで自分がやってきたのとは違う分野にも自由に挑戦できるのが、ELSIの良いところだと思います」と話す。

ELSIには研究に集中できる環境も整っている。中村さんは東京工業大学の教員も兼ねているが、事務のサポートが手厚く、学内の研究以外の業務に大きく時間を取られることはないそうだ。特に外国人研究者は完全に研究だけに集中できる体制になっている。
Liさんに「ELSIで何か困ることはないか」と尋ねると、「研究体制も言語の面も困ることは特にありません。強いて言えば、他の研究機関には『アストロバイオロジー』という区分の人材募集がないので、次はどのポジションに応募したらいいか悩むことくらいです」という答えが返ってきた。

アストロバイオロジーとELSIの歩み

ここで「アストロバイオロジー/宇宙生物学」という言葉が出てきたが、アストロバイオロジーとは、生物学を宇宙に拡張した分野のことだ。
宇宙探査が進み、火星では過去に液体の水が地表を流れていたことや、木星の衛星エウロパや土星の衛星エンセラダスなどには表面を覆う氷の下に液体の海があることなどがわかった。太陽以外の恒星を周回する「太陽系外惑星」も多数発見された。それらの中には地球に似た環境をもつもの、つまり程よく暖かく、液体の水が存在できる岩石惑星も存在する。
生命が発生し得る環境をもつ星は、地球だけに限らないことがわかり、それまで地球の生物に限られていた生物学の概念が、“宇宙”生物学に拡張された。アストロバイオロジーは地球惑星科学と生物学を包括した分野として、2000年代頃から活気づいている。

そのような背景のもと、2012年12月、ELSIは世界でも珍しい地球と生命の起源を探るWPI研究所として設立された。北台さんが話すように、最初は廣瀬敬 前所長のもとで「地球という惑星はどのような星で、46億年前にどのようにしてできたのか」など地球惑星科学の研究が主流だった。2022年4月に、木星・土星の衛星などにおけるハビタビリティ(生命が存在可能な環境か)を研究する関根康人所長にバトンタッチ。現在は「地球の最初の生命はどのようにして誕生したか」や「地球外生命はいるのか。いるとすれば、どこにどのような形で存在するのか」といった生命関連の研究も大きく進展している。
最近の動向として、2022年度に新設された「大学院ELSIコース」にも注目したい。修士・博士後期課程一貫で、授業や研究指導は全て英語で行われるというハードなプログラムだが、国内外からモチベーションの高い学生が集まる。

ELSI2階の共同スペースで議論するLiさん(右)と中村さん(左)。ゆったりした木目調の椅子とテーブルを置き、窓にはカーテンでなく障子をしつらえ、明るく広々とした空間設計だ。奥の部屋へ行くための通り道なので、ここにいると通りがかった人々と自然と顔を合わせられる仕掛けになっている。毎日午後3時にはコーヒーブレイクで皆が集う。【「10億年前は最近?!融合研究には分野間の壁を乗り越えるエネルギーが必要」も参照のこと】。金曜日の午後には学生主体の勉強会が開かれ、学生たちが自分の専門分野以外の話を聞き、視野を広げる機会になっている。

地球生命の起源は宇宙から来たか、地球で生じたか?

3人の研究の話に戻ろう。3人が取り組む研究テーマは「地球の最初の生命はどのようにして誕生したのか」に深く切り込むものだ。
地球に生命が誕生したのは約40億年前だと考えられている。地球生命の起源として「地球にあった物質から生じた」と「地球外から来た(地球に飛来した隕石や彗星に含まれていたアミノ酸や有機酸などの分子から発生した。もしくは生命そのものが含まれていた)」の大きく2つの方向性の説がある。3人にどちらだと考えているか尋ねてみた。
Liさんは「両方ともあり得るので、両方を偏りなく検証する必要がある」と話す。Liさんの研究で、隕石の種類によってはタンパク質を作るアミノ酸を地球に運びうることがわかったからだ。
中村さんは「さまざまな説がありますが、私たちの研究で、電気化学反応で地球にあった無機物から有機物を作れることがわかりました(後述)。つまり、地球の物質のみから生命が発生し得るので、地球外から来る必要はないと思います」と述べる。
北台さんは「地球外から来たのではなく、地球で生じたに違いない」と言う。人間の体内に腸内細菌がいるように生物は共生が基本であるが、細胞がひとつ生まれたところで、現在のように共生や生態系のシステムをもつ生物には至らない。それには10万〜100万年かかったと考えられる。しかし、小さくてすぐに冷めてしまう隕石の中で、それほど長期間の反応が継続されたとは考えにくいからだ。

チムニーの電気化学反応

中村さんと北台さんは、深海の熱水噴出孔にできる煙突状の堆積物「チムニー」で起こる電気化学反応と、それによる生命発生の機構を研究している。

中村さんは、チムニーで熱水中の水素H2や硫化水素H2Sが、海水中の二酸化炭素CO2に電子を渡す(CO2を還元する)という電子の移動、すなわち電流が生じていることを発見した。チムニーが天然の“電池”になっているのだ。この反応で二酸化炭素CO2から一酸化炭素COやメタンCH4、そしてギ酸HCOOHなどの有機物ができる。また、硝酸NO3からアンモニアNH4+が合成できる。つまりこの反応は、無機物から有機物を生じさせ、ひいては生命が発生するきっかけとなり得る。

深海底のチムニーの模式図(中村さんのウェブサイト より

北台さんは地球ができた直後の環境を想定した模擬実験で、生命の発生機構を研究している。模擬実験とはどのような実験なのだろうか。
「自然界で起こる現象は、たくさんの事象が絡まっていて、とても複雑です。それを実験で検証するには、要素に分けて、そのひとつずつを確かめることで、絡まったものを紐解いていきます。たとえば、海底のチムニーはさまざまな金属の混合体です。どの元素がどの触媒に活性をもっているか、どの元素がどのように電気を起こす役割をしているか。電気化学的に理解するために、素過程に分割して実験に落とし込みます。これを考えるには知識や技術が必要だと思います。さらに、実験で検証した要素を再び統合して、自然界の現象と整合的なシナリオを作ります。最後にこのストーリーを描くのが、一番大変でおもしろいところです」(北台さん)

この研究にはJAMSTECの高井研さんや山本正浩さんらの深海調査が大いに寄与している。
「高井さんや山本さんたちJAMSTECの研究者が、熱水噴出孔に出向いて現地調査を行います。現地でチムニーの電位の計測を行ったり、チムニー近辺の岩石を採集したりします。『ここにはこういうものがあるだろう』と予想して行く場合もありますが、現地に行って初めて発見される現象もあります。
その後、中村さんは採取された岩石を使って実験をし、私は現地で得られた情報を参照しながら模擬実験をします。このように熱水噴出孔という場所にフォーカスし、フィールドワークと室内実験を組み合わせた研究は、JAMSTECとELSIの協働だからこそできるものだと思います」(北台さん)

Credit:JAMSTEC
2015年1月の沖縄トラフの調査。水深約1000メートルにあるチムニーに電極を挿して、電流を計測しているところ。(YouTubeの映像)

北台さんが最近注目しているのは、JAMSTECの深海調査で確認された、熱水噴出孔の近くで起こっている二酸化炭素の泡の放出だ。この二酸化炭素は高温・高圧化で超臨界状態(液化しない高密度の気体のような状態)になっていると考えられる。
「映像/画像に写っているゴエモンコシオリエビや、ユノハナガニなどの深海生物が集っていることから、熱水噴出孔は生命の発生と関係がありそうだと考えられてきました。しかし、熱水が噴出しているだけでは生命の発生を説明できず、電気化学反応だけで生命の発生を説明するのも難しいのです。超臨界CO2と組み合わせると、生命の発生に迫ることができそうです。現地調査をする研究者と、実験をする私たちとで分担・協力して、生命の発生機構を実証していきたいと考えています」(北台さん)

【取材・文:小熊 みどり、写真・図版提供:Li Yamei 特任准教授、WPI-ELSI】


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