WPIで生まれた研究READING

初期宇宙のカギ握る「超巨大ブラックホール」、世界初の成果で見えてきた、銀河との“じつに密接”な関係(下)

皆さんはWPI(世界トップレベル研究拠点プログラム)をご存知でしょうか。異なる研究分野間、言語と文化の垣根を超えて英知が結集する、世界に開かれた国際研究拠点を日本につくることを目指し、2007年に文部科学省が開始した研究拠点形成事業のことです。2024年3月現在、全国に18研究拠点が発足しています。
そんな国際研究拠点では、日々どんな最先端研究が行われているのでしょうか。今回ご紹介するのは「超巨大ブラックホール」に関する話題です。
宇宙に存在するほとんどの銀河の中心にある、超巨大ブラックホール。太陽の数十億倍の質量を持つものもある、あまりに巨大な天体ですが、その起源はいまだ謎に包まれ、世界中の研究者を虜にしています。
この天体はどのようにして生まれたのか、銀河とはどのような関係にあるのか、そして宇宙のなりたちとの関わりは――それらを知るため、今、「史上最強の宇宙望遠鏡」であるジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡を使って、遠方にある初期宇宙(=若い頃の宇宙)を観測する研究が盛んに行われています。
そして2023年6月には、国際的な共同研究チームがこの宇宙望遠鏡を使った世界初の「ある成果」を報告しました。どのような観測を行い、何が明らかになったのでしょうか。研究を主導した東京大学国際高等研究所 カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)の尾上匡房 特任研究員に、たっぷりとお話を聞きました(取材・文:岡本典明)。

研究で見えてきたブラックホールと親銀河の関係

――今回、ブラックホールと銀河の光を分けてとらえたことで、何がわかったのでしょうか。

尾上 今回、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡を使って3.56マイクロメートルと1.5マイクロメートルの2つの波長で観測を行いました。それぞれの波長で撮影した銀河の明るさを比べることで、銀河のおおよその質量を推定することができます。今回の論文では2つの銀河について発表しましたが、いずれの質量も非常に重く、太陽の1000億倍ほどと推定されました。

 そして、今回は画像の撮影だけでなく、同じ天体に対して光を波長ごとに分ける分光観測も同時に行いました。分光観測の目的は、中心のブラックホールの質量を測定することです。ブラックホールの周辺では、ガスが高速で回転しています。分光観測をすることで、そのガスの運動を検出することができます。そしてガスの運動の様子から、ブラックホールの質量を推定することができるのです。その結果、ブラックホールの質量が太陽の10億倍程度ということがわかりました。

 実はこの分光観測についても、以前は感度が足りず、質量測定につなげる精度の高い観測ができなかったので、今回の観測によって、初めて両者の質量を求めることが実現したのです。

――その結果、ブラックホールと銀河の質量比は、今の宇宙と比べて違いがあるのでしょうか。

尾上 今後もっとサンプル数を増やしていく必要はありますが、少なくとも今回の2天体については、近傍宇宙と同じ質量比が遠方の初期宇宙でも成り立っていると仮定しても矛盾がないという結果になっています。現在の宇宙と129億年前の宇宙で質量比が変わらないということは、長い宇宙史のなかで、ブラックホールと銀河が互いに影響しあいながら、相対的に同じスピードで成長してきたことを示唆しています。

すばる望遠鏡の活躍と研究のつながり

――ところで、そもそも今回のジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡で観測した天体は、以前すばる望遠鏡で発見したものだ、という話がありましたね。どういうことでしょうか。

尾上 今回われわれは、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の「サイクル1」と呼ばれる1年目の観測期間の枠の中で、合計12個の天体を観測しました。それら12個の天体はもともと、ハワイ島のマウナケア山頂にある日本のすばる望遠鏡の観測で発見されたものなのです。すばる望遠鏡での観測には私も関わっていました。

――すばる望遠鏡ではどのような観測をしたのでしょうか。

尾上 すばる望遠鏡は、主鏡の直径が8.2mもあります。地上に設置された望遠鏡のなかでも最大級の望遠鏡です。世界には8m級の巨大望遠鏡がいくつかありますが、それらの望遠鏡と比べた場合、すばる望遠鏡は視野が広く、一度に撮影できる領域がとても広いのが特徴です。その特徴を活かして、2014年から「ハイパーシュプリームカム(HSC、超広視野主焦点カメラ)」という巨大なCCDカメラを使った大型プログラムが進められました。

 「HSC-SSP(Hyper Suprime-Camすばる戦略枠プログラム)」というそのプログラムでは、10年弱ほどの間に300晩ほどの長い時間をかけて宇宙の観測を行いました。一度に広い領域を撮影できるので、宇宙の中でもレアな天体を探すのに有利です。それを利用して、われわれは初期宇宙にあるブラックホールの探査を行いました。

 観測の結果、160を超える数の大量のブラックホールを、宇宙年齢10億年未満の非常に若い宇宙で発見することに成功しました。ただ、地上望遠鏡であるすばるの画像では、明るいブラックホールの光しか見ることができず、その形まではわかりません。そこで、それらの天体の中から、比較的暗い12天体を選んでジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡で観測したというわけです。

――どうして暗いブラックホールを選んだのですか。

尾上 親銀河の光を検出することが主目的でしたので、ブラックホールからの光はなるべく暗いほうがありがたいのです。そのほうが、ブラックホールの光を差し引いたときに、銀河を検出しやすいので。

 今回の成果は、すばるの優れた集光力と広視野探査能力により初期宇宙で暗いブラックホールの発見が可能になり、そのユニークなサンプルのおかげで今回のジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡を使った親銀河検出につながりました。また画像解析をリードしたXuheng Dingのハッブル宇宙望遠鏡での経験が大いに活きた成果であるとも言えます。

史上最強! ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡

――今回の研究に限らず、最近、報道などで「ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡」ということばを目にする機会が増えました。世界で注目されるこの宇宙望遠鏡は、あらためて、どんな望遠鏡なのでしょうか。

尾上 先ほどもお話ししましたが、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡をひとことでいうなら「史上最強の望遠鏡」です。NASA(アメリカ航空宇宙局)を中心にESA(ヨーロッパ宇宙機関)やCSA(カナダ宇宙庁)も連携して進められた国際共同プロジェクトで、2021年の年末に打ち上げられて、翌2022年夏から観測がスタートしました。

 ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の主鏡の直径は6.5mもあります。ハッブル宇宙望遠鏡の主鏡は直径2.4mですから、その2.7倍も大きな鏡を搭載しています。

 また、地上から宇宙を観測すると大気が邪魔をして天体の像がゆらいでしまいますが、宇宙から観測すると大気がないので非常にシャープな像を得ることができます。加えて、今お話ししたように鏡が6.5mと巨大なので感度が非常に良い、つまりより暗い天体を鮮明に観測することができるのです。

ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡のイメージ画像/NASA, ESA, CSA, Northrop Grumman

――ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡での観測は、どのような流れで行われるのでしょうか。

尾上 ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡は、もちろん使いたい時に使えるわけではありません。まず観測提案の募集が全世界に向けて出されます。今回の研究に関しては、幾度かの延期を経て、最終的に2020年11月末に締切がありました。まだ望遠鏡の打ち上げ前でしたが、期待される望遠鏡の性能などの情報は公開されており、そういった事前情報を利用して提案を作成して提出しました。1年目の観測期間であるサイクル1では1000件以上の観測提案があり、その中から286件が採択されました。

 採択されたあとは、観測実行プランの細かい設定を望遠鏡側の技術スタッフと相談の上で最適化しました。その後は提出したプログラムに沿って望遠鏡側で動いてくれます。われわれは無事にデータが届くのをドキドキしながら待っていました。

――これまでの望遠鏡と比べて、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡はやはり違いますか。

尾上 ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の大きな目標の一つが、遠くの宇宙を観測することです。これまでにもハッブル宇宙望遠鏡などによる観測もたくさんありましたが、それらと比べてジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の観測は明らかに飛躍があります。

 この1〜2年で、宇宙の歴史の理解がかなり深く進んだというのが実感としてあります。まだわかっていないことも多いですが、初期ブラックホールや初期銀河が大量に発見され、その理解に向けて、みなが取り組んでいるところです。例えば私自身も今回の2天体が観測される前に、公開されていたとある天域の画像の中から遠方ブラックホールの候補天体を発見し、世界に先駆けて報告しました。この天体はその後の追観測で正しくブラックホールであることが確かめられています。

さまざまな望遠鏡で超巨大ブラックホールに挑む

――ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡を使った遠方の超巨大ブラックホールの観測は今後も続けるのでしょうか。

尾上 最初の論文は12天体のうちの2天体について研究したものでした。残りの10天体についてもデータは届いていて、研究を進めているところです。さらにジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の「サイクル2」という期間の枠で、今回の2天体のうちの1つ(J2236+0032)についての追加の観測を行う提案も採択されました。今回の論文では2波長での観測でしたが、サイクル2ではさらに6波長での追加撮影を行ったのです。そのデータもすでに届いていて、今まさに解析の真っ最中です。

――ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡以外を使った観測は行うのでしょうか。

尾上 南米チリにあるアルマ望遠鏡を使った観測を行っています。アルマ望遠鏡はサブミリ波という電波で観測を行う望遠鏡です。ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡では星を調べることができますが、アルマ望遠鏡では星になる前のガスや塵を観測し、銀河がどれだけ新しく星を作っているのかといった活動性を調べることができます。

 また、ガスの観測からも、間接的ではありますが銀河の質量を求めることができます。ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡が稼働する前から、アルマ望遠鏡を使って親銀河の質量を調べる研究はよく行われていました。

――それ以外に、初期宇宙のブラックホールについて、今後どんな観測を行うことになるのでしょうか。

尾上 一つはユークリッド宇宙望遠鏡ですね。

 ユークリッド宇宙望遠鏡は2023年7月にESAが打ち上げた宇宙望遠鏡です。すばると同様に非常に視野が広く、6年間で全天の3分の1以上、天球上で天の川と太陽の軌道面に影響されないほぼ全ての天域を観測することになっています。100億光年までの銀河を大量に観測して、ダークエネルギーの謎に迫ろうというのが大きな目的の一つです。

 すばる望遠鏡のコミュニティの一部の研究者は、ユークリッド計画に参加しています。私もその一人です。ユークリッド望遠鏡を使うと、その性能から宇宙年齢が6億〜7億年の時代の銀河まで見つかるのではないかと予想されています。今後出てくるユークリッド望遠鏡のデータを使って、すばるで見つけたよりもさらに遠くにあるブラックホールを見つけるプロジェクトをヨーロッパの天文学者達と協力しながら進めていく予定です。

 それ以外にも、NASAのナンシー・グレイス・ローマン宇宙望遠鏡や、チリで建設中のヴェラ・C・ルービン天文台など、空の広い範囲を観測するサーベイ観測の計画があります。また、30m級の主鏡を備えた地上望遠鏡計画もあります。

 すばる望遠鏡やユークリッド、ナンシー・グレイス・ローマンなどのサーベイ望遠鏡で新しい天体をまず見つける。そして見つけた天体に対して、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡や30m級望遠鏡で追跡観測を行って詳細な性質を調べることになると思います。

ブラックホールは宇宙を探る「タイムマシン」

――ここまで超巨大ブラックホール研究について伺ってきましたが、初期宇宙の超巨大ブラックホールを研究するようになったきっかけは何だったのでしょうか。

尾上 高校生から大学生のころはちょうど、すばる望遠鏡が遠方の銀河を発見したというニュースが頻繁に流れてくる時期でした。そういうニュースを見て、自分も遠くの宇宙の観測をしたいという思いがずっと心にありました。

 2013年、国立天文台で大学院に進学して研究をスタートするとき、何か記録を更新するような研究をしたいと指導教官に相談しました。その際、すばる望遠鏡のHSCのプログラムが始まるからちょうどよいのではないかと提案されたのです。

 最初はブラックホールを観測したいというよりは、遠くの天体を何かしら観測したいと考えていました。そのとき、ブラックホールの観測がちょうどタイミングがよかったという感じですね。それ以来ずっと、遠方のブラックホールの研究ばかりしてきました。

――ブラックホールのどんなところに惹きつけられますか。

尾上 ブラックホールは、一般の方からするとよくわからない天体だと思います。しかし天文学者からすると、宇宙の中でも非常に重要な天体ですし、ブラックホールの性質を解き明かすことで、宇宙全体の歴史を理解することにもつながります。そういった意味で言うと、ブラックホールは、宇宙を探る上でのいわばタイムマシンのようなものです。そして私自身、天文学を始めた理由は宇宙の歴史を理解したいというものでした。超巨大ブラックホールは自分にとって研究人生を賭けるに値する、ミステリアスでかつ魅力的な天体なんです。

東京大学国際高等研究所 カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)の尾上匡房 特任研究員/撮影 大西陽

【略歴】
2018  総合研究大学院大学5年制博士課程 修了 博士(理学)
2018-2021 ドイツ マックス・プランク天文学研究所 博士研究員
2021-2023 中国 北京大学カブリ天文天体物理研究所(KIAA) カブリ天体物理学フェロー
2023-現在 東京大学国際高等研究所 カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)カブリ天体物理学フェロー/特任研究員

プレスリリース「世界初!129億年前の初期宇宙で巨大ブラックホールの住む親銀河を検出-すばる × JWST で銀河・巨大ブラックホールの黎明期に迫る-」は コチラから

取材協力・協賛:
世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)
東京大学国際高等研究所 カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)
写真撮影:大西陽


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