WPIで生まれた研究READING

東北の珍味「ホヤ」の殻を使った“最先端”触媒の実力がスゴかった…!(下)

好評シリーズ「WPI世界トップレベル研究拠点」潜入記 第10回!

WPI(世界トップレベル研究拠点プログラム)は、異なる研究分野間、言語と文化の垣根を超えて世界の英知が結集する、世界に開かれた国際研究拠点を日本につくることを目指して2007年、文部科学省が策定した研究拠点形成事業で、2023年3月現在、全国に17研究拠点が発足しています。

10回目となる「潜入記」の舞台は、東北大学材料科学高等研究所(WPI-AIMR)。こちらでは、地元・東北の珍味「ホヤ」に注目して、地球規模の問題を解決しようという“驚き”の研究が行われています! 国内外のメディアが大注目する研究について、 藪浩准教授にお話を聞いてきました。

【清水 修、ブルーバックス編集部】

大学発ベンチャーで挑戦する「AZUL触媒」とは?

「AZUL Energyという会社は、『フタロシアニン』という化合物の仲間から良い触媒ができたのでそれを事業化したものです。フタロシアニンは新幹線の車体の青色に使われている顔料です。太陽電池の材料として使われたりもしています」

このフタロシアニンはすぐに塊になるという性質がある。顔料として使う場合、塊があると色ムラができてしまったりして塗るのに都合が悪い。だから「塊を細かく砕きたい」というニーズがあって研究し始めたそうだ。最初から触媒を作ろうと思っていたわけではないらしい。従来はフタロシアニンを水の中に析出させてレーザーで砕くという方法がとられていたとのこと。

「そういう場合、私は化学屋なので、最初からミセル(界面活性剤でできたカプセル)にして小さく作ってしまえば良いと考えます。塊になりませんから。実際に作ってみると、微細なナノ粒子がたくさんできてそれが浮いている状態のものになり、塊になるのを防ぐことができました。フタロシアニンは青色なのですが、構成する成分を変えると、異なる色の色水ができるのです。当時はそうやっていろいろな色水を作って遊んでいました(笑)」

そのように成分を変えて色水を作っていたものの中に、窒素を構成成分に加えた『アザフタロシアニン』というものがあり、これが有機溶媒に溶けることが分かった。

そして、鉄が入ったアザフタロシアニンは、ナノ血炭を合成した時に用いた「血液の中にあり、触媒の活性中心となったヘム鉄」と 同様のFeN₄構造を持っており、有機溶媒に溶けることも判明。溶かして炭素に吸着させたら触媒になるという発想のもと、2017年頃から研究を開始した。

アザフタロシアニンを使った「AZUL触媒」(手前)/撮影 大西陽

「そういう意味ではナノ血炭と同様のバイオミメティクスをそれ以前にアザフタロシアニンでやったということですね。炭素につけようということで、試しにカーボンナノチューブに混ぜてみました。すると、塊ができない。調べたら、カーボンの表面にアザフタロシアニンが分子レベルでくっついているからだということが分かりました。

これ、何がうれしいかというと、分子レベルでくっついているので、『ものすごく活性点が多い触媒』が出来たということなのです。つまり、効率の良い触媒が出来上がった。条件にもよりますが、白金族レアメタルよりもずっと性能が良くて、さらに耐久性も高い触媒になりました。そのうえ、原料は普通の顔料なのでレアメタルよりもはるかに安い。それが『AZUL触媒(Azaphtalocyanine Unimolecular Layer 触媒)』です」

ちなみに、『AZUL』という言葉はポルトガル語で『青』を意味するそうだ。このAZUL触媒を社会実装するために2019年にAZUL Energy株式会社を設立。そこから3年半が経過した。設立当初は「AZUL触媒を使った燃料電池や空気電池の開発」をメインに進めていたそうだ。

実際、AZUL触媒で亜鉛空気電池を作ってみたら、白金族レアメタルの3分の1から半分くらいの量で同じくらいの性能があることが分かった。安いうえに使用量も少なくて済むのだ。空気電池はリチウムイオン電池と比べて出力が低いと言われているが、AZUL触媒を使うと小さなプロペラを回すくらいの出力が出る。ドローンなどには使える可能性のある出力だという。

最近では、このAZUL触媒の構造を少し変えると「水電解」にも使えることが分かってきた。だから現在は「水素社会実現のためのデバイス用触媒の開発」をメインに研究しているとのこと。

「現在、AZUL Energyから各企業などにサンプルを提供して評価してもらっている段階です。でも、一部、量産化のプランも出てきています。具体的には2つ。ひとつは『ウェアラブルデバイスの電源用電池としての活用』。AZUL触媒の電池なら発火する危険がないですし、出力は小さくても長持ちしますから。もうひとつはイタリアの電極メーカーとの提携。もし、我が社の触媒が採用されれば将来的にデファクトスタンダードになる可能性もあります」

AZUL触媒、ぜひとも世界に羽ばたいてほしいものだ。

「マクロの視点」が新たな成果を創り出す

さて、ナノ血炭の話に戻そう。いろいろと話をうかがって、ナノ血炭がどんなものなのかが分かったところで、あらためてこのネーミングの破壊力が半端ないと感じる。

「血炭」という見たこともない言葉に「ナノ」という接頭辞がついている。ホヤ殻のCNFによる「ナノサイズのカーボン」を使っているので、単なる血炭ではなくナノ血炭なのだが、この触媒のユニークさを見事に表現している。きっと多くの人々がこの名前を覚えてくれるはず。

そして、このユニークな触媒が社会実装されれば、ホヤと家畜血液の廃棄物処理問題、地球温暖化対策を見据えた将来的なエネルギー問題、レアメタル争奪の地政学的問題(国際紛争の一因)などがまとめて解決に向かい始め、やがて、SDGsのいくつもの項目に光を与えることだろう……。

しかしながら、筆者としてはこのユニークな触媒に対する驚き以上に、藪准教授が5年前の取材内容とはまったく違う研究を進めていることに驚きを感じ、同時に一貫して魅力的なバイオミメティクスを追究し続けていることに驚きを感じている。

「なるべく『産業や社会の課題』と『アカデミックな課題』の両方を意識できる研究テーマを選ぶようにしています。そのためにはまったく新しいテーマに挑戦することも多いですね。新しいテーマへの挑戦は研究者としての自分の可能性を広げることでもあります。

私は学部生時代には生命科学を志していましたが、その後、高分子化学に専門を変えて今まで研究活動をしてきました。だから、常にどちらの分野も意識にあって、分野に限定されない『総合科学』の意識も強いです。

生命科学的でありながら化学的であること、理学的でありながら工学的であること、アカデミックでありながら社会的であること。新しいものを生み出す時には総合科学的なマクロの視点が大切だと思っています。バイオミメティクス自体がまさにマクロの視点による発想に支えられていますよね」 では、最後に、今後想定できるナノ血炭の使い道や展開などをうかがおう。

「現在、電力中央研究所の先生と『コンクリートに貼れる空気電池』の共同研究をしています。もちろん、これにはAZUL触媒やナノ血炭触媒を使います。将来、コンクリートに貼れる空気電池が完成して社会実装されれば、災害時などにコンクリートにこの空気電池を貼って発電することができます。電気がないところでもコンクリートの壁が電池になるのです」

また、最後に魅力的なお話が……。

この研究が進展したら、ぜひ、再びお話をうかがいたいと思う。次に藪准教授にインタビューできるのは何年後になるだろうか。きっと、私たちをわくわくさせる成果を聞かせてくれるに違いない。

東北大学材料科学高等研究所の藪浩准教授/撮影 大西陽

2004 北海道大学大学院理学研究科化学専攻博士課程 修了 博士(理学)
2004-2007  北海道大学電子科学研究所附属ナノテクノロジー研究センター 助手
2007-2016 東北大学多元物質科学研究所 助教(2010〜准教授)
2016-現在 東北大学原子分子材料科学高等研究機構(現材料科学高等研究所)
ジュニア主任研究者(准教授)
2019-現在 AZUL Energy株式会社 共同設立者・取締役・チーフサイエンティフィックオフィサー(CSO)

この間、2008-2012 科学技術振興機構戦略創造推進事業さきがけ研究者(ナノシステムと機能創発領域)、2012−2016 同(分子技術と新機能創出領域)、2004−2007理化学研究所フロンティア研究システム客員研究員、2022-現在 同創発物性科学研究センター客員研究員などを兼任。

取材協力・協賛:
世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)
東北大学材料科学高等研究所(WPI-AIMR)
写真撮影:大西陽

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