WPIの研究を支える人たちREADING

いつでも必要な観察ができる研究環境を提供する(WPI-NanoLSI後編)

2026年03月03日掲載

いつでも必要な観察ができる研究環境を提供する(WPI-NanoLSI後編)

【 人と装置が集結するメリット 】

──2020年に竣工したNanoLSI研究棟の特徴を教えてください。

國岡 地上4階・地下1階の建物です。探針で試料をなぞるSPM観察では振動が大敵です。建物の振動を低減させるために地下階を設置して、そこに約60台のSPMの大半と電子顕微鏡を集中的に配置しています。さらに地盤を伝播する振動を遮断する空堀を設けたり、建物内部を伝わるさまざまな振動を遮断するために浮床を設置したりするなど、振動を取り除く対策をした建物となっています。

NanoLSI研究棟
写真提供:WPI-NanoLSI

NanoLSI研究棟ができる前、高速AFMが置かれた建物の除振対策は不十分でした。そのため、配達のトラックが建物に近づいてくると、観察画像にノイズがたくさん生じてしまいました。そのため、トラックがやってこない夜間に観察をよく行っていましたね。いまはNanoLSI研究棟の除振対策によって、快適かつ効率的にきれいな画像を撮ることができます。

──2024年1月の能登半島地震では、研究棟に被害は出なかったのですか。

國岡 同じ敷地にある金沢大学のほかの建物では装置が倒れたり、渡り廊下にひびが入ったりする被害が出ましたが、NanoLSI研究棟への大きな影響はなかったですね。

──SPMや電子顕微鏡を集中的に配置することによる研究上のメリットはありますか。

菊池 少しずつ特徴の異なる顕微鏡が集結していることが有用です。ある顕微鏡ではよく見えなくても、別の特徴を持つ顕微鏡ならば精度よく観察できる場合があります。そのようなとき、特に生物試料は時間をかけて移動させたくないのです。状態が変わってしまうからです。ここの研究棟ならば、隣の部屋にすぐに移動して、生物試料へのダメージを抑えたまま別のタイプの顕微鏡で観察できます。

また、顕微鏡で観察した画像が、細胞や生体分子の動態を本当に捉えたものかどうかは慎重に検討する必要があります。異なる特徴の複数の顕微鏡から得られた画像を比較することで、生物学的に意義のある結果であるのかを議論することができます。

ここに、顕微鏡に詳しい、分野が異なる専門家が集結していることも重要です。観察する上で注意すべきは、観察によって試料に影響を与えていないか、得られた画像が生命現象を理解する上で本当に意義があるものかどうかです。それを判断するには、AFM観察の知識だけでなく、培養の条件や精製の手順が試料に与える影響をよく知っている必要があります。私自身も、観察した画像について疑問があるとき、隣にいる別の専門家に相談することがよくあります。高解像度できれいな画像が撮れた場合でも、それが死んだ細胞であるケースやAFM観察の基板上で本来の構造を失った生体分子の場合もあり得ます。高速AFMは死んで動かない細胞や凝集して固定化された分子の方が探針でなぞって観察しやすいからです。この問題を回避するためには、分野横断的な知識が求められるのです。そこがこの仕事の面白いところですね。

菊池洋輔 技術職員

研究棟ができる前は、顕微鏡も人も異なる研究棟やフロアに分散していたので、観察もディスカッションも移動が必要でとても大変でした。今は、何か相談したいことがあれば、すぐにその人と連絡をとれます。試料の準備から観察、ディスカッションまで、ほとんどがこの研究棟で完結できて時間を有効に使えるので、人と顕微鏡が集結していることのメリットを実感しています。

國岡 WPI-NanoLSIの研究者ならば、何曜日の何時ごろは、だいたいあの場所にいる、と検討がつくので、すぐに相談できますね。

長野 研究に必要な実験を常時行うためには、単に実験装置を所有するだけでは不十分です。私たち技術支援職員の重要な職務は、実験装置を管理・維持することに加え、実験内容に即した操作、事前準備のノウハウを蓄積し、利用者の皆さまと共有、ブラッシュアップした上で、次世代に継承していくことです。

技術支援職員がいない研究機関では、故障やメンテナンス不足のために使えなくなった装置をよく見かけます。また、装置の利用者が所属組織を離れると、使用していた装置の運用に必要な知識や技能が失われてしまうケースもあります。

このような状況を避けるために、私たちは、それぞれの実験装置を扱うためのマニュアルを作成し、運用に必要な知識や手順の文章化による保存と共有、並びにアップデートを随時進めています。

また、実験装置の運用に際して何らかのトラブルがあったときに、誰に報告・相談すればよいのかがわかる連絡網を複数整備しています。万が一、利用者の皆さまが装置の使用中に何かトラブルに遭遇した際でも、この連絡網を利用して技術支援職員にすぐに報告する体制ができていますので、速やかにトラブルを解決するとともに、同じトラブルによって研究が滞るような事態が起きないように支援することが可能になっています。

長野健太郎 技術職員

私たち技術支援職員にはそれぞれ主に担当する装置や役割はありますが、3名の間で情報を共有しています。3名のうち誰かが不在でも、すべての装置のトラブルに対応できるように心掛けています。

【 「融合プラットフォーム」を推進するフロアレイアウト 】

──NanoLSI研究棟は、各フロアに大空間の共用研究室を設けたレイアウトになっているそうですね。

國岡 世界各国から、さまざまなバックグラウンドの研究者が集い、新たな融合研究を行う「融合プラットフォーム」を築く、というWPI-NanoLSIの方針のもとに、この研究棟はつくられました。そのために研究室の壁を文字通り取り払ったレイアウトにしています。

異なる分野の研究者が物理的に同じ空間に集まり交流を深める「アンダーワンルーフ」は、WPIの重要なキーワードでもあります。NanoLSI研究棟のフロアレイアウトを検討する際には、ほかのWPI拠点を見学して参考にしています。

WPI-NanoLSIでは、ナノ計測学、生命科学、超分子化学、数理計算科学の4分野の研究者が、この研究棟に集結しています。さらに、金沢大学がん進展制御研究所、理工研究域の研究者たちも加わり、交流を行っています。

NanoLSI研究棟の共用研究室

【 あらゆる組み合わせの研究室ペアで交流する 】

──実際に交流や融合は促進されていますか。

國岡 例えば装置を共用することで、うちの研究室ではこの装置をこのように扱っているというノウハウが、研究所全体へ広まる効果が出ています。やはり研究スペースや装置を共用することで研究者の交流は自然と促進されます。

一方で、どの装置を共用し、どの装置は研究室ごとに管理するのか、といった実験室のルールを明確にする必要があります。例えば、超純水装置は生物系の多くの研究室で使うため、最初は共用にしていました。しかし実際に共用を始めてみると、各研究室で必要な純度や使用頻度も異なることが明らかになり、超純水装置は研究室ごとの管理に改めたものもあります。

交流を促進するために、研究所全体の研究者が集まるコロキウムを年4回開催し、各PIが研究の進捗状況を説明した後に交流会を開いています。しかし、交流が活発な関係もあれば、あまり活発でない関係も生じてしまうものです。そこで、WPI-NanoLSIにある20を超える研究室が、あらゆる組み合わせのペアで情報を交換し合う「T-meeting」も開いています。このユニークな取り組みにより、意外なテーマで共同研究が始まったりしています。

【 外部の若手研究者・学生の期待に応えてSPMの普及を図る 】

──外部との交流はどのように推進していますか。

國岡 若手研究者や学生向けの生物学用SPMの体験・習得プログラム「Bio-SPM夏の学校」を毎年開催して、魏さんたち研究支援部門メンバーや研究者が研修や技術指導を行っています。参加者が試料を持ち込み、SPMで観察を行い、研究成果を発表します。応募者は海外2:国内1の比率で、海外から来日する人の方が多数を占めます。

プログラムに参加した動機を聞くと、研究室の先生や先輩に薦められたという理由が多いですね。プログラムを終えた後のアンケートでは、「とても良い体験で勉強になった」「ぜひ続けてください」という声が多数寄せられ、私たちも励みになります。「Bio-SPM夏の学校」の卒業者を中心として、研究者のネットワークづくりも始めたところです。

海外の若手研究者が短期間、この研究所に来て、朝から晩まで集中的に実験をするケースもあります。WPI-NanoLSI独自の顕微鏡を使えば、研究対象の細胞やタンパク質の動態が初めて観察できると、大きな期待を抱いて来日するのです。海外から苦労して持ち込んだ試料の観察がうまくいかないと、涙を流す人さえいます。皆さん、それほどの強い思いでここに来て研究を進めているのです。その期待に何とか応えたいと私たちもプレッシャーを感じながら技術支援をしています。

高速AFMを操作する魏 威凛 技術専門職員

【 「ナノプローブ生命科学」を切り拓く 】

──國岡さん、最後に今後の展望をお聞かせください。

國岡 高速AFMの開発が成功したのは2008年ごろです。ただし開発当初は、その観察画像をなかなか信用してもらえず、蛍光顕微鏡などのほかの証拠を同時に示すことで、やっと認められる状況だったそうです。2018年にWPI-NanoLSIがスタートして、さまざまな生命現象を観察するようになりました。しかし、まだ高速AFMなどのSPMは、蛍光顕微鏡や電子顕微鏡のように普及しているとは言えません。「Bio-SPM夏の学校」や国内外の若手研究者への研究支援もSPM技術を世界的にさらに普及させることにつながります。

メーカーがWPI-NanoLSIの技術を取り入れて、高速AFMを製造・販売しています。それを導入した研究機関から、観察のノウハウなどについて魏さんや菊池さんのところへ問い合わせが来て対応したりもしています。SPM装置自体の普及も始まっているのです。

WPI-NanoLSIでは、今まで誰も見たことのない生命現象の観察を行い、次々と研究成果を生み出しています。私たちは新分野「ナノプローブ生命科学」を切り拓いている、というやりがいを感じながら、研究支援を進めています。

國岡由紀 特任助教

【取材・文:立山 晃/フォトンクリエイト、撮影:大野真人、図版提供:WPI-NanoLSI】


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