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いつでも必要な観察ができる研究環境を提供する(WPI-NanoLSI前編)

2026年03月03日掲載

いつでも必要な観察ができる研究環境を提供する(WPI-NanoLSI前編)

「まるでSFのような素晴らしい研究成果が次々と生まれている研究所で仕事ができるのは、とても楽しく、やりがいがあります」。そう語るのは、金沢大学ナノ生命科学研究所(WPI-NanoLSI)の研究支援部門の國岡由紀さん(特任助教・URA)です。
WPI-NanoLSIでは、独自の顕微鏡を用いてタンパク質などの生体分子の形と動きをナノスケールの空間分解能で同時に捉えることで、生命現象の仕組みを根本的に理解する新分野「ナノプローブ生命科学」を切り拓いています。
そのために、研究支援部門ではどのような取り組みを行っているのか。國岡さんをはじめ、技術職員の魏 威凛さん、菊池洋輔さん、長野健太郎さんに伺いました。

左から、菊池洋輔 技術職員、魏 威凛 技術専門職員、國岡由紀 特任助教、長野健太郎 技術職員

【 生体分子の動態を初めて見る感動 】

──金沢大学の「ナノ生命科学研究所(WPI-NanoLSI)棟」には、少しずつ特徴の異なる約60台の走査型プローブ顕微鏡(SPM)があるそうですね。

國岡 そのうちの85%がWPI-NanoLSIで自作された、ここにしかないSPMです。SPMは「探針」と呼ばれる針で試料をなぞって観察する顕微鏡です。生物の体の中で、タンパク質や核酸などの生体分子は液中で働いています。SPMは液中の細胞や生体分子の形と動きをナノスケールの空間分解能で同時に観察できることが大きな特徴です(図1)。

NanoLSI研究棟パンフレットより
図1)SPMの原理と特徴

──現在、細胞や生体分子を観察する代表的な手法は、光学顕微鏡と電子顕微鏡ですね。

光学顕微鏡の一種である蛍光顕微鏡(共焦点顕微鏡や超解像顕微鏡)では、目的の生体分子を蛍光で可視化することで、その局在や挙動を観察することができます。これらの手法により、液中における生体分子の形態や動態を、ナノスケールに迫る空間分解能で可視化することが可能です。しかし、これらの顕微鏡で観察しているのは蛍光色素の挙動であり、必ずしも目的とする生体分子そのものの形状や動きを直接観察しているわけではありません。また、空間分解能には限界があり、一般に20nm程度以上に制限されます。さらに、対象分子を適切に観察するためには、目的や測定条件に応じて最適な蛍光色素を慎重に選択する必要があります。

電子顕微鏡は0.1nm以下の空間分解能で生体分子の形を観察できますが、試料を凍結しなければならないので生体分子の動態を同時に観察することはできません。

SPMは、蛍光色素を付けたり試料を凍結したりする必要がなく、液中における生体分子を生きたままの状態で観察できるため、生命現象を分子レベルで理解する上で大きなメリットがあります。

SPMにはいくつかの種類がありますが、WPI-NanoLSIが誇る代表的なSPMとして、安藤敏夫 特任教授らが開発した「高速AFM(原子間力顕微鏡)」があります。この顕微鏡は、探針を高速で動かして試料をなぞり、試料の凹凸を0.1nmの空間分解能で1秒間に30枚ほどの静止画(フレーム)から成る動画で観察できます。これはテレビ放送と同程度のフレームレートです。

WPI-NanoLSIで自作された高速AFM

──高速AFMによってどのような生体分子の観察に成功しているのですか。

國岡 例えば、細胞内にはさまざまな物質を輸送するミオシンVというタンパク質があります。高速AFMにより、ミオシンVが二足歩行するように移動する様子を初めて観察することに成功しました(動画1)。

https://nanolsi.kanazawa-u.ac.jp/researcher/noriyuki-kodera/noriyuki-kodera-page/
出典:Kodera, N., Yamamoto, D., Ishikawa, R. et al. Video imaging of walking myosin V by high-speed atomic force microscopy. Nature 468, 72–76 (2010). https://doi.org/10.1038/nature09450
動画1)高速AFMで観察したミオシンVの“二足歩行”

画像提供:魏 威凛 氏
動画2)脂質膜上に成長したアネキシンVの2次元結晶の高速AFM像
アネキシンは、細胞骨格、細胞外への物質分泌や細胞内への物質取り込み(エキソサイトーシスやエンドサイトーシス)など、細胞膜に関連する多様な機能に関与するタンパク質です。アネキシンはp6対称性軸を有するハニカム構造を形成しています。画像の黒い空洞部は、単位格子間における結晶構造が変化している領域を示しています。

高速AFMで初めて観察した研究者の多くから、「面白い、感動した!」というコメントをいただきます。自分たちが長年にわたり研究してきたタンパク質について、形がどのように変化しながら機能を発揮するのか、初めて目の当たりにするからです。それまでは、電子顕微鏡による凍結試料の静止画や、蛍光顕微鏡による蛍光色素の動きなど、間接的な情報からタンパク質の動態や反応機構を推測するしかありませんでした。高速AFMならば動態を直接見ることで、反応機構が一目瞭然となります。

【 論文に名前が載る技術支援を実施 】

──観察を行うために、どのような技術支援を行っているのですか。

私と菊池さんは主に、AFMの管理と技術支援を行っています。研究者は自分で観察したい人が多いので、それができるように、試料の調製からAFM操作まで、私たちが講習を行います。その後は、装置に何か不具合があったときに対応します。自分で観察する時間のない研究者に対しては、試料を受け取って私たちが観察を行い、そのデータを提供するという支援も行っています。

──試料の調製にはどのような注意点があるのですか。

不純物が混じっていると、目的とは異なる分子を探針でなぞって観察してしまうことがあるので精製が必要です。タンパク質同士は凝集しやすい傾向があるので、1分子を観察するには凝集しないように溶液を調製します。タンパク質の動きが速い場合には、その動きを遅くする工夫をして動態を観察します。タンパク質AとBの相互作用を観察するには、その相互作用が基板上で安定して起きる条件を検討する必要があります。

──これまでに支援した研究で印象に残っているものを紹介してください。

私は金沢大学大学院で有機合成化学を学んで学位を取り、化学メーカーで働いた後、2018年に母校に戻ってWPI-NanoLSIの最初の技術職員として着任しました。私が初めて支援を担当したのが、がんや自閉スペクトラム症(ASD)に関わるタンパク質でした。装置の操作などの研究者への講習から始めて、試料の調製と観察条件などを検討して、1年後にようやく良い観察データをとることができました。しかしその後、コロナ禍の影響でその研究は中断してしまいました。そこで私は、その研究の継続を提案し、2025年にようやくその研究の論文が受理されました(図2)。

出典:Y. Tsukamoto. et al. Condensation-dependent interactome of a chromatin remodeler underlies tumor suppressor activities. Nature Communications, 2025 16, 9599
図2)がんやASDに関わるタンパク質であるChromatin Remodelerの高速AFM観察画像
画像中央に見える黄色の球状構造が本タンパク質の頭部に相当し、左上には尻尾状に伸びた天然変性ドメイン構造も観察されています。

菊池 私は2021年に着任しました。金沢大学でポスドクとして高速AFMを用いた微生物などの研究をしていたので、細菌細胞の観察を支援することが多いです。どのような状態で、細菌細胞のどの現象を観察するのか、といった予備検討に参加して、実験プランを研究者に提案します。実際の観察では、光学顕微鏡によって観察したい場所を選定し、そこに高速AFMの探針を落とすことが重要なので、そのための支援をします。観察したい場所に、粘性物質が分泌されていると、うまく観察できません。それを解決するために培養条件を検討したりもします。

微生物は細胞膜で外部からの情報を受け取り、それを細胞内部へ伝えることで、細胞外環境の変化に適応すると考えられています。そのため、細胞膜の表面で起きる現象を観察することが生命現象の理解に重要です。しかし、蛍光顕微鏡の空間分解能は数十nmが限度なので、厚さ数nmである細胞膜を観察しても、蛍光色素を付けた分子が細胞膜の表側にあるのか内側にあるのかを区別することはできません。AFMは探針で細胞膜の外側をなぞることで、細胞膜の表面で起きている現象だけを観察できる点も大きな利点です(図3)。

出典:Y. Kikuchi. et al. Physical Properties and Shifting of the Extracellular Membrane Vesicles Attached to Living Bacterial Cell Surfaces. Microbiology Spectrum. 2022 10, 6
図3)細菌の細胞表面に膜小胞が結合する様子の高速AFM観察画像
生きた細菌(画像内の大きな構造)への膜小胞(MVs)の結合過程の高速AFM観察により、時間経過とともに細胞の表面に多数のMVsが結合する様子(画像内の大きな構造に付いた斑点)が観察できました。

長野 私は工学が専門で、前職では収束イオンビーム装置を用いた薄膜試料の作製、電子顕微鏡を用いた金属の結晶構造の解析による研究を行っていました。2024年にWPI-NanoLSIに着任し、主に電子顕微鏡や収束イオンビーム装置などの高額な実験設備の管理維持や、施設利用者への指導や講習など、日常のAFM観察に必須な業務に携わっています。AFMによる試料観察では、先端の直径が数〜数十nmの極めて鋭利な探針を使用します。WPI-NanoLSIでは、電子顕微鏡の電子線を使って、特定の物質を積層、もしくはイオンビームを用いた切削を行うことにより、独自の特性や形状を持った探針を作製しています(図4-C)。また、単に独自の探針作製を行うだけではなく、使用後の探針を電子顕微鏡で観察することで、性能評価や検証を行うこともあります。電子顕微鏡を用いた新たな探針作製については、WPI-NanoLSIに着任して初めて触れた分野ですので、非常に驚きました。

出典:T. Ichikawa. et al. Protocol for live imaging of intracellular nanoscale structures using atomic force microscopy with nanoneedle probes. STAR Protocols. 2023 4. 102468.
図4)電子顕微鏡で観察したSPM探針
Aは一般に市販されている探針、Bは先端部に加工を加えた探針。CはWPI-NanoLSIで新たに作製した探針であり、市販品と比較して先端部が細く長くなったことで、従来は見ることができなかった細胞内部を観察することができます。

國岡 WPI-NanoLSIの使命は、SPMを用いた観察を行い、生命現象の仕組みを根本的に理解する新分野「ナノプローブ生命科学」を推進することです。そのためには、SPM観察を技術的に支援する専任のスタッフが必要だという設立時の方針のもと、技術支援部門が設けられました。技術支援部門の職員たちは、論文に名前が載るような貢献をしています。

私は金沢大学大学院の安藤敏夫先生の研究室で学びました。当時はまだ高速AFMの開発を始める前でした。その後、北陸地域の産学連携を進める仕事などをしていましたが、安藤先生たちの高速AFMの技術にずっと注目していたので、WPI-NanoLSIのURAポストの募集があったときにすぐに応募したのです。

ある試料の観察がうまくいってから、その研究成果を論文にまとめて発表するまでには、少なくとも3〜5年ほどかかることが多いです。優れた研究成果を出すには、落ち着いて研究に専念できる環境が必要なのです。私はURAとして、研究者がじっくりと研究できる時間を確保できるように心掛けています。研究者でなくてもできる調整や事務作業などは研究者に依頼しないようにし、どうしても研究者の手を煩わせる場合には、依頼の目的を明確にして、なるべく時間を割かずにすむように工夫しています。

WPI-NanoLSIは設立時に、「ナノ内視鏡」を開発することを目標の一つに掲げました。ナノ内視鏡とは、探針を細胞内部に差し込んでスキャンすることで、細胞内部の小器官や生体分子を観察するための技術です。私は「本当にそんなことが可能なのか?」と思っていたのですが、2021年に生きた細胞の細胞核の3次元構造の観察に成功しました(図5)。SFのような素晴らしい研究成果で、とても驚くとともに感動しました。このような研究成果は、必要な人材や技術、装置がそろっているからこそ達成できます。

出典:M. Penedo, et al. Visualizing intracellular nanostructures of living cells by nanoendoscopy-AFM. Science Advances. 2021, 7, 52.
図5)細胞内部へ探針を挿入して観察した細胞核
Hの画像に示した赤と緑のシャトル形状は、AFMで観察した一つの細胞の3次元画像です。赤色の部分は細胞核に対応する硬い領域で、緑色の部分は柔らかい領域を示しています。

長野 一般に市販されているAFMの探針は、カーボンやシリコンで作製されたピラミッド状の四角錐形のものが多いですが、細胞内部を観察するナノ内視鏡には、先端が鋭いだけではなく、より細くて長い探針が必要です。また、観察対象によって求められる探針の物性も異なります。そこで現在、既存の手法とは異なる新しい手法で、ダイヤモンドや複数の金属など、今まで使われていなかった材料による細長い探針をつくる試みを進めています。新たなSPM技術の進展には、まだ存在しない新しい探針が必要になりますが、その作製にこれまでに培ってきた電子顕微鏡などの工学的技術や知見を生かせるのでとても楽しいですね。

【取材・文:立山 晃/フォトンクリエイト、撮影:大野真人、図版提供:WPI-NanoLSI】


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