世界トップレベルの研究者をひきつける―国際交流係・研究支援チームの役割―(上)
東京大学 カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)
優秀な研究者を集めることは、WPI拠点機関の最重要課題の一つである。だが、世界中の研究所が欲しがる人材を採用するのは容易なことではない。そんな中、WPI-Kavli IPMU(東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構)は、著名な研究者や将来有望な若手を次々と獲得して注目を集めている。
Kavli IPMUは2007年の発足以来、数学、物理学、天文学の分野で画期的な成果を立てつづけに生みだしてきた。だが、他の魅力的なオファーを断ってKavli IPMUを選ぶ理由は、優れた研究成果の数だけではないらしい。
【 セミナー・研究会開催をアレンジする 】
優秀な研究者に、この場所で研究したいと思わせるほどのKavli IPMUのセミナーや研究集会。その中で研究集会の円滑な実施を支えている一人が、同事務部門の国際交流係・研究支援チームに所属する篠田恵理さんだ。
「同研究機構主催の研究集会の開催サポートや参加のため海外から訪れる研究者の入出国手続きや宿泊先の案内、また滞在中の支援などの業務に携わっています」
前職では国際機関の日本支部に勤務し、日本に出張してくる海外の視察団のビザを用意したり、滞在中の要望に応えたりなど、現在の業務に近い仕事をしていたが、2015年にKavli IPMUに転職してきた。
「海外からこちらに来られた研究者には、単に所内マップを渡して終わりではなく、一人一人をビジタールームまでお連れし、非常経路を説明したり、ティータイムの案内をしたりしています」(篠田さん)
研究者と談笑する篠田さん (2018年撮影)
ティータイムとは、平日午後3時から3時半まで、Kavli IPMU所内の一室で開かれるお茶の会である。所属する研究者はもちろん、一時的な訪問者も集まって、雑談したり、それぞれの研究内容を紹介したりし、新たな研究テーマの種を生み出す場でもある (注1)。
篠田さんによれば、Kavli IPMUホームページ内の「For Visitors(訪問者のために)」というページに目を通せば、海外からはじめて訪問する研究者も、迷わず目的地にたどり着けるという。たしかに、同ページを読むと、国ごとに異なるビザに関する手続き、交通手段、研究所付近のホテルや飲食店に関する情報が丁寧に示されている。機構内から活用できるKavli IPMU Mobile AppというiOS、Android版のアプリまで用意されており、Kavli IPMUで開かれるセミナー、会議、シンポジウムに関する基本的な情報から、研究所と最寄り駅を繋ぐバスの時刻表までアプリ一つで確認できる。
「こちらでホテルのブロック予約(一定数の部屋をまとめて予約すること)もしていましたが、今は各自で予約していただくことにしています。以前は、ノーショー(連絡なしでホテルに現れないこと)でも、ホテル側が大目に見てくれていたのですが、頻発することから規定通りキャンセル料をお支払いすることになったからです」
突発的な事態が生じて研究集会に影響が出そうな場合には、篠田さんから参加者に直接連絡する。
「たとえば気象状況で心配なときに連絡します。以前、『台風が来るかもしれないから、飛行機が遅れて、ホテルのチェックイン時刻に間に合わない場合は、各自ホテルに直接連絡してほしい』というメールを流したことがありました。すると、参加者の一人が台風が深刻で危険な状態と理解しご自身で搭乗日を遅らせてしまったことがありました。元々のフライト自体はキャンセルされなかったので、ご本人がキャンセル料を払わなければなりませんでした。日本人なら、台風の進路次第で、飛行機が飛ぶことを知っていると思いますが、台風の規模がどのくらいか見当も付かない海外の方がこういう判断をされることもあるのです。ご本人は『ちょっと大げさに騒ぎすぎてしまった』と仰っていましたが、伝え方に気をつけるべきでした」(同)
研究集会のプログラムの概要や、参加方法を案内するWebページには参加者の利便性のためなるべくたくさんの情報を記載したいものの、オープンにすると不都合な情報もあるという。
「参加登録される方の研究機関やお名前をリストアップして、以前はサイト上に載せていましたが、その中には、研究集会参加ではなくビザ取得を目的としているような怪しい方も時折含まれていました。また、参加者登録リストを見て、ホテルをアレンジしますという売り込みのメールも来ていました。そこで、2018年からは主催者が強く希望しない限り参加者リストは公開しないようにしました。」
【 外注で仕事を分担する 】
海外からの研究者が日本に来て、Kavli IPMUに滞在するのは研究集会やセミナーの場合1-3週間だが、共同研究が目的の場合には滞在期間が数カ月に及ぶ場合もある。2カ月以上、Kavli IPMUを利用する海外研究者の支援を担当しているのが、古川稔子さんだ (取材当時)。
古川さんも、ビザの手配や館内の案内など、篠田さんの業務と共通点は多いが、長期滞在者担当ならではのものもある。たとえば、日本に入国してから出国するまでの滞在日数が90日を超える外国人には、在留資格認定が必要で、かつ国民健康保険に加入する義務が生じる。
「90日未満の場合は、国保に加入する必要はありません。90日の間に怪我をしたり、病気になったりした場合の医療費は旅行保険がカバーします。しかし、以前、このようなケースがありました。Kavli IPMUの研究者と共同研究のために来日した方が、急病で1週間ほど入院されたのですが、彼は90日未満の滞在予定だったので、国保に加入していないのは当然でしたが、旅行保険に入っていなかったのです」
保険がなければ、医療費を全額自己負担しなければならない。
「1週間の入院費だけで十数万円、しかも旅行保険がないので、医療費がかなり大きな金額に達していました。病院から『全額払わないと退院させない』と言われたのですが、受け入れ先の先生がわざわざ病院まで行って、『必ず払わせます』と保証してようやく退院させてもらえました。まさか旅行保険に入らない人がいるとは思わず、あらかじめ『入ってください』とは言ってこなかったのですが、この一件を経験してから伝えるようにしています。それまで知らなかったのですが、日本のクレジットカードには旅行保険が最初から付帯していますが、外国のものには旅行保険が付いていないものもあるようです」
海外研究者の支援業務は、役所、銀行、郵便局などでの手続き、研究者に家族がいれば、子供の保育園・幼稚園・学校への入園・入学手続きなど、様々だ。
もっとも、こうした多岐にわたる支援業務を、事務部門の国際交流係・研究支援チームですべて背負っているわけではない。
生活全般については、公益社団法人の科学技術国際交流センター(JISTEC)と契約を交わし、支援業務を分担しているという。
JISTECには、月・水・金の週3回、Kavli IPMUに来てもらい事務室の隣の部屋で、海外研究者の相談に乗ってもらっているという。
賃貸物件の案内や手続きについては、不動産コンサルティングの株式会社リオ・トラストと契約を交わしている。
「日本人でも部屋を借りるのは手間がかかるものですが、外国人ならもっと大変です。リオ・トラストさんは、外国人でも居住可能な物件を紹介してくれる上に、保証人を探すお手伝いもしてくれます。生活支援や住居探しの支援を外部に委託するにはもちろんお金がかかりますが、外注できるなら利用しないともたないですね」
Kavli IPMU設立12周年行事の際の研究者集合写真 (2019年撮影)
このように、Kavli IPMU は、職員による丁寧な対応と外注できる部分は外注するというバランスをとりながら、海外からの来訪研究者の対応をスムーズに行い、Kavli IPMUの所属研究者が来訪研究者と共同研究を活発に行える環境を整えている。
篠田さんも、古川さんも、帰国した海外研究者たちから感謝の気持ちを伝えられることに大きなやりがいを感じるという。
「研究集会のアレンジにおいて、招待講演者によっては根気を必要とするやりとりをすることもあります。でも、そういう方から帰国した後に『ありがとう』とメールをもらった時はすごくうれしかったですね」(篠田さん)
「帰国された後も、旅券の半券を回収したり、出張報告書を提出してもらったりするために、海外研究者の方とやりとりをしますが、すべて終わった後に『今までいろいろやってくれてありがとう』というようなメールが来ると、良かったなと思います」(古川さん)
Kavli IPMUにおける最先端の研究、魅力的なセミナーや研究集会の数々だけでなく、国際交流係・研究支援チームの人たちが、研究者が研究に専念できる環境を作り、さらに改善を重ねていることが、世界中から優秀な人材がここに集まる理由なのだろう。
注1)
もちろん今は、研究セミナーはもっぱらオンラインで行われ、直に対面する形式のものは激減している。また、ティータイムについては実施を中止している。現在では、日本に入国が難しい海外研究者のことを考慮し、時間や頻度を変えてオンラインツールを用いたソーシャルアワーの取り組みにより交流を図っている。しかし、いずれパンデミックが収束すれば、研究者たちが活発に往来する姿が再び見られるようになるだろう。
【文:緑 慎也、撮影:貝塚 純一、写真提供:Kavli IPMU】