WPI拠点運営のひみつREADING

「知のマグマ」を彷彿とさせるKavli IPMU午後3時のティータイム

WPI拠点運営のあれこれをKavli IPMU, WPIの春山富義元事務部門長にエッセーとして執筆していただきました。

コーヒーチャイム

「キーンコーン、カーンコーン」
午後3時のティータイムを告げるチャイムが全館に鳴り響く。チャイムが「さあーんじだよー、おーりておいでー」と聞こえることもある。ここは千葉県柏の葉にあるWPIアカデミー拠点、東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構、通称Kavli IPMUだ。この建物は不思議な造りになっている。3階に天井まで吹き抜けの広いホールがあり、そのホールを取り囲むように螺旋状階段に沿って、居室が並んでいる。(図1)

  • (写真:北嶋俊治)
  • (イラスト:大野秀敏)
図1 Kavli IPMUの外観と内部構造

このホールは、「ピアッツア藤原」、通称「藤原ホール」と呼ばれている。Kavli IPMUの研究活動を支える東大基金の「日本発アインシュタイン:カブリ数物連携宇宙研究機構」(https://utf.u-tokyo.ac.jp/project/pjt06)に多額の寄付をしていただいた方への深い謝意を表すためである。螺旋構造を持つ建物のユニークさは、会津の「さざえ堂」(円通三匝堂)を彷彿とさせるものがある(図2)。1796年に建立され、200年後の1995年に重要文化財になっている。Kavli IPMUの建物も200年後の2210年に重要文化財になることを期待している。

図2 会津さざえ堂(円通三匝堂)(「会津さざえ堂パンフレット」より)

このホールに準備されたコーヒー、紅茶、お菓子を目指して、それまで居室にいた研究者たちが集まってくる。午後3時は空腹になる時間でもある。
「先週の土曜日に山登りに行ったよ」
「地域のお祭りに行ってみたよ」
「家族で近くの公園に出かけた」といった世間話をしていたかと思うと、そのうちの一人が午前中に読んだ論文のこの部分がどうも気になると言いだして、黒板に数式を書き始める。米国のTVドラマ〝Numbers〟の天才数学者チャールズ教授や、福山雅治演じる〝ガリレオ〟の天才物理学者湯川准教授らの、突然数式を書き出す動作が目の前で起こり始めるのである。それもドラマではなく、研究者の自然の姿として。このアクションで、近くにいる研究者たちにスイッチが入る。自分と近い研究分野、少し離れた研究分野の研究者たちが、自然発生的に議論を始める。黒板とチョークを好む研究者も多い。書くことで視覚に訴えるとともに、チョークのコツッ、コツッという音が、脳に刺激を与えているという説もある。

ホールの別の集まりでは、テーブルにノートを出し、鉛筆で自分の考えを説明している。バスケットに入ったチョコレートやクッキーを頬張りながら。別の研究者はラップトップを取り出し、より詳細な説明に入っている。三々五々、ホールに降りてきた研究者は、議論している研究者の顔と内容を見聞きしつつ、それぞれの輪に入っていくのである(図3)。

図3 日常的ティータイム(実際の可視光画像)

こうした議論の渦があちこちで活発に沸き上がっている。Kavli IPMUの研究者だけでなく、年間で1000人を優に超えるビジター、そして大学院生がそこにいる。自分にとって好奇心と探究心をみたしてくれる日常である。その様子をホール全体が見渡せる4階の螺旋階段から俯瞰すれば、それは、まさに「知のマグマ」が沸々と真っ赤な飛沫を上げている光景を彷彿とさせるものである。もし可視光ではなく、知の光の波長が見えるとしたら図4のようになっているのかもしれない。この光景は、IPMU開闢以来、17年間、毎日繰り広げられており、現在も一向に色褪せることなく、ますます熱くなっている。ある日、この知のマグマが一瞬、高く飛び出した時、ノーベル賞が見えてくるのかもしれない。
ちなみに、ホールを見渡す螺旋階段の途中に「お立ち台」が用意してある。Kavli IPMUの研究者がノーベル賞を獲ったら、そこからティータイムで集まっている研究者に向けて演説をすることを想定して作られたものである。

図4(〝知の光〟波長のイメージ)

研究者たちはそこで何を話しているのだろうか。2007年、村山斉初代機構長は、
「宇宙はどうやって始まったか」
「宇宙に終わりはあるか」
「宇宙を構成しているものは」
「宇宙の法則は」
「どうして我々がいるのか」
という、5つの宇宙の謎を解き明かすために、天文学者だけではなく、物理学者、数学者たちによる発想を加えて、WPI拠点を立ち上げた。異なる分野からの視点を融合させることで単一の研究分野からでは達成できないような深い理解に到達するというWPIのミッションの一つである。このため、村山による設立当初からのティータイム構想は、異分野融合の場を物理的に保証する意図であった。偶発的発見の可能性は、とにかく顔と顔を合わせるところから始めるのが一番という発想である。実際に、このことを証明することが起こった。

異分野融合の画期的実例

ある日のティータイムで、コーヒーカップを抱えながら一人の天文学者が頭を抱えていた(図5)。超新星爆発に詳しい若いポスドクだ。最新の論文でハーバード大学のグループが従来より30倍も明るい〝超新星爆発〟を観測したというのだ。彼によれば、全く新しいタイプの超新星爆発でない限り、そのようなことは起こり得ないが、本当にそうなのだろうか、と悩みながらティータイムでまわりの人に話しかけた。一人の数学者が、ひょっとしたらそれは、重力レンズ効果によって、光が集められたのではないかと述べた。ちょうど、太陽の光を凸レンズで集めた時のように。すると、そこに居合わせた物理学者が、さっそく計算してみたところ、その超新星爆発地点と地球の観測点を結ぶ線上に、重力レンズ効果も持つ天体の存在確率がゼロではないとわかった。ハーバードの高輝度説に対し、Kavli IPMU重力レンズ説である。頭を抱えていた天文学者は明るい顔になり、他の二人と一緒に論文を書きScience誌に投稿、受理、掲載された。(Science 25 April 2014: Vol.344 no.6182 pp.396-399)。2年後、超新星爆発の輝度がおさまり、確かに重力レンズ効果であったことが確認され、世界中のメディアが「正しかった東大説」として取り上げた。

(イラスト:Tom Haruyama)
図5 天文学者の疑問に数学者と物理学者がヒントを与え、Science誌に投稿

COVID-19とティータイム

Kavli IPMUには常時90名近くの研究者が雇用されている。その6割近くが外国人である。外国人研究者にとって、ティータイムは特別なものではなく、生活習慣に近い。筆者は英国の大学で過ごした経験があるが、その時にも午後3時のティータイムがあった。英国なので、紅茶がスタンダードだったが、研究者たちが集まって単純にお茶を飲むというものだった。深い議論というより、どちらかといえばスコーンと紅茶のリラックスタイムでもあった。日本で言う「3時の一服」的なものであった。

顔と顔を合わせるティータイム。これまでの17年間のうち、危機的な状況にあったのは、2020年から2023年に及んだCOVID-19の時である。大学への入構が大幅に制限され、研究者たちは在宅を余儀なくされた。この時期、急速に発展したのはオンラインミーティングであった。セミナーはすべてオンラインであったが、年間100回程度は開催されていた。それまでは年間200回程度だったので、回数は半減した。研究集会は例年通り年間10回前後開催された。オンラインミーティングは簡単に参加できることから、参加するビジター数は大きく増加した。ティータイムに関しては、オンラインのバーチャル・ティータイムを設定したが、充分な活性化は図れなかった。同時に、対面で話すティータイムの本質的な重要性を再認識した時期でもあった。

ティータイムの復活

研究者たちが渇望した本来のティータイムの復活は、しかし、しばらくは国や大学のCOVID-19に対する蔓延防止策の指示により見送られた。下火になりつつあった時、まず義務ではなく、自由意志でのティータイム参加を条件付きで再開した。会話をするときはマスクを着用し、個人のマグカップ持参で、飲む時のみマスクを外してよいというものだった。それでも多くの研究者が戻ってきた。このことで、COVID-19の感染者が増加したかどうかは定かではないが、その頃になると海外での研究集会はマスクをほとんど着用せず、またバンケットなども戻りつつあったため、そこに参加した研究者が感染してくるというケースは見受けられた。

2023年5月に感染症の取り扱いが5類になったことから、通常のティータイムが復活し、以降、堰を切ったように多くの研究者が対面でのティータイムに参加するようになった。午後3時から始まるティータイム、通常は30分程度が過ぎると、参加者たちは三々五々、自分の居室に戻っていくが、盛り上がるとそのまま、ホールに居続けて議論を遅くまで続けることもよくある。ティータイムに引き続き、セミナーやコロキウムが午後3時半から始まることがあるため、ホールには大きな銅鑼が置いてある。時間に気付かず議論に熱中してしまう研究者に次のスケジュールを知らせるために、この銅鑼を鳴らすのである(図6)。

(イラスト:Tom Haruyama)
図6 議論に熱中する研究者に次の予定を知らせる銅鑼

オベリスクが見つめるティータイム

藤原ホールの中心に高さ10mのオベリスクが立っている。ヨーロッパの小都市の広場によく見かけるモニュメントである。刻まれているのは、イタリア語でガリレオ・ガリレイの「宇宙は数学という言葉で語られる」という言葉だ(図7)。

(イラスト:Tom Haruyama)
図7 ガリレオが見守る中、オベリスクの下で今日もティータイムが続いている

Kavli IPMUでは、多くの理論物理学者、天文学者、数学者が集まっている。このため午後3時に一堂に会することは、それほど難しいことではない。それらの研究者にとって、自分一人の空間、時間とともに、研究者同士が自由に触れ合う空間、時間が必要である。ティータイムはその空間と時間を保証するものであり、創設以来17年間、原則毎日行なってきている。驚くべきことは、それが色褪せるどころか、ますます活発化していることである。「知のマグマ」に熱量を加えているのは、研究者自身である。熱く弾けるマグマのかけらが高く飛び上がったとき、ノーベル賞に繋がることを強く確信する毎日のティータイムである。その光景をオベリスクはじっと見つめている。ガリレオはきっと目を細めて460年後の研究者たちの活発な議論を聴いているに違いない。

「それでもKavli IPMUのティータイムは決して終わらない」と呟きながら。

銅鑼の大きな音が聞こえてきたので、今回のお話はこれで終わります。

【文:春山富義、写真・図版提供:春山富義】


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