WPIで生まれた研究READING

必要なのは双方のサイエンスにプラスになる融合研究
お互いの領域に入っていく雰囲気作りがカギ (WPI-IFReC後編)

前編で紹介した通り、共にWPI-IFReC(大阪大学免疫学フロンティア研究センター)主任研究者の石井優さんと菊地和也さんの出会いは、菊地さんがIFReCに加わったのを機に行われたセミナーがきっかけだった。石井さんは「IFReCがなければ菊地先生と出会うことはなかった」と語る。

「大阪大学には幅広い分野の研究者がいるのは頭ではわかっているのですが、各人が具体的に何をしているのかすべて把握することはできません。その点、IFReCがマッチングの機会を作ってくれたのはありがたかった」

菊地さんによれば、当時のIFReCの事務部門長、児玉孝雄さんの強力な働きかけが、融合研究を活性化したという。

「児玉先生の前職は九州工業大学情報工学部長でした。学部長経験者が事務部門長に就く例はあまり聞いたことがありません。研究者の実情をよく知る人を事務部門長に据えたからこそ『お見合い』がスムーズに進んだんです(笑)」

児玉孝雄さん(中央)。左は石井優さん。

今、石井さんのイメージング研究を中心とする「融合」の成果が続々と出つつある。

石井さんらは2022年2月、『Nature Communications』誌で“Osteoblast-derived vesicles induce a switch from bone-formation to bone-resorption in vivo ”(「骨形成から骨吸収への切り替えを促す骨芽細胞由来の微粒子」)と題する論文を発表した。骨を形成する骨芽細胞が微粒子(細胞外小胞)を出して、周囲の骨芽細胞の働きを抑えつつ、骨を壊す破骨細胞の働きを活性化させていることを示す研究成果だ。

「骨芽細胞は骨を作りながらも『そろそろ骨を作るのはやめて、後は破骨細胞さん、よろしく』というシグナルを出しているわけです」

骨芽細胞と破骨細胞はタッグを組んでたえず骨をスクラップ&ビルドしている。従来の研究で、骨芽細胞を活性化させる因子は数多く報告されてきた。ビルドの過程の理解は進んでいたわけだ。だが、スクラップの過程がどうはじまるのかわかっていなかった。

「リモデリング(新しい骨への置きかえ)が頻繁に起こる骨とそうでもない骨があります。私たちの研究は、リモデリングが盛んな骨では新しい骨を作り終えたらすぐに壊すプロセスを開始する仕組みがあることを明らかにしました。これまで骨粗鬆症や骨軟化症などの骨疾患の薬として、骨芽細胞を活性化させる、あるいは破骨細胞を抑制する薬が主流でした。それぞれの細胞に直接作用する薬です。しかしわれわれの成果を活かせば、骨形成と骨吸収のシグナルを利用してそれぞれの細胞に間接的に作用する薬ができるかもしれません。骨代謝のバランスを取り戻す新たな治療法の開発に繋がることを期待しています」

この研究で大きな役割を果たしたのが、遺伝子解析だという。

「イメージングで、たくさん微粒子を出しながらそれ自体は動かない骨芽細胞を見つけました。しかしこの微粒子が何なのかがわからない。微粒子に多く含まれるマイクロRNAを遺伝子解析することにしたわけです。その結果、あるマイクロRNAが、骨芽細胞の抑制や破骨細胞の活性化のシグナルであることがわかりました」

その解析を担ったのが、IFReC主任研究者で、大阪大学微生物病研究所(微研)遺伝情報実験センター・ゲノム解析室を兼任する特任准教授の奥崎大介さんだ。奥崎さんは主任研究者として2019年にIFReCに加わった。

奥崎大介さん

「石井先生と共同研究を始めたのは2009年ごろからです。IFReCや大阪大学の学内の研究者から依頼を受けて遺伝子解析をしていますが、石井先生からご相談いただく課題は、要求レベルが高く、これまでの経験則から外れるものばかりです(笑)」

だからといって無理難題を押しつけられて困るというわけではないという。

「石井先生はいつも本番の実験前に、どういう実験計画なのか、何の細胞をどういう条件でいくつ採取する予定なのか知らせてくれます。そのおかげでこちらもどういうサンプルであれば解析しやすいか提案したり、準備したりもできる。ある程度、範囲を絞って解析できるので、短時間で目的の情報だけを吸い出すことができます」

奥崎さんは普段、臨床医から生検や手術などで採取・切除された組織の提供を受けて遺伝子解析を実施している。多くの場合、サンプリングのタイミングは運任せなので準備の時間が取れない。一方、石井さんとの共同研究では解析前の打ち合わせに十分な時間を取れるため、石井さんの要求レベルが高くても対応可能なのだ。

近年、遺伝子発現を1細胞レベルで網羅的に計測して解析する「シングルセル解析」が生物学研究に欠かせない技術となっている。万単位の細胞から大量のデータを取得できるので、統計解析手法を駆使すれば、簡単に価値ある情報を引き出せると思われがちだが、石井さんは「“Garbage in, garbage out”(ゴミを入れてもゴミが出てくるだけ)なので、シングルセル解析の装置に何を入れるかを事前に入念に検討することが大切」と指摘する。

「データが多ければ多いほどよいわけではないと考えています。データが多ければ、その中に価値ある情報が含まれる可能性も確かに高くなりますが、砂金取りと同じで、金を掘り出すのが大変です。効果的に掘り出すには道しるべが必要なのです」

イメージングはその道しるべになりえる。

「シングルセル解析では細胞をバラバラにして一つずつ解析し、データ化した後、様々な統計解析プログラムで、それぞれの細胞が元々どこにあったのか、どうコミュニケーションしているのか推測します。しかしあくまで推測であって、それが正しいかどうかはわかりません。他の研究者の多くは病理学的情報と照らし合わせて、シングルセル解析の結果を解釈します。しかし、石井先生の場合はイメージングで細胞の位置情報を特定しているので、確度が高いのです。私たちも勉強させていただいています」

左から奥崎大介さん、石井優さん、菊地和也さん

石井さんは、異分野融合を進めるために必要な条件があるという。

「当たり前ですが、Win-Winであることです。一方がもう一方を使役して利益を得るだけのコラボレーションはうまくいきません。双方のサイエンスにプラスになるような融合研究である必要があります」

たとえ「お見合い」で異分野融合がスタートしても、片方が利益を享受するばかりで、もう片方は奉仕するばかりでは、当然、長続きしない。加えて、石井さんの研究事例からうかがえるのは、挑戦的な課題の設定と、その達成に向けた密なコミュニケーションが、融合研究成功の鍵だということだ。

「医者ではありますが、様々なテクノロジーを吸収したいと考えています。自分の分野だけに閉じこもるつもりはありません。菊地先生や奥崎先生も、いろいろな分野に興味をお持ちで、私のイメージング研究のことをよく理解いただいています。お互いがお互いの領域に入っていく雰囲気を作っていかないと融合研究はうまくいかないと思います」

【取材・文:緑 慎也、写真・図版提供:WPI-IFReC】


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