北海道大学 化学反応創成研究拠点WPI-ICReDD

化学反応の本質的理解に基づく自在設計と高速開発

拠点ロゴ
化学反応は自然界のあらゆるところに存在しています。そのため化学反応の制御は、人類を豊かにする根幹をなす技術となります。WPI-ICReDDでは、計算科学に基づく化学反応の本質の解明、情報学的手法による化学反応の持つ複雑さに対する理解、および実験的な実証とフィードバックを通じて化学反応の自在設計と高速開発を目指しています。

研究の目標

計算科学・情報科学・実験科学の融合による化学反応の高速開発

新しい化学反応を開発するための既存の試行錯誤的なアプローチは、非常に時間がかかります。そのためWPI-ICReDDでは、理論先導型のアプローチにより化学反応の開発に要する時間を大幅に短縮します。前田拠点長が開発した量子化学計算に基づく最先端の反応経路自動探索法により化学反応経路ネットワークを算出したあと、情報科学の概念を応用し実験に必要な情報を抽出することで、最適な実験条件を絞り込むことが可能となります。また実験科学のデータを、情報科学を通じて計算科学へとフィードバックすることにより、新しい反応を合理的かつ効率よく開発できるようになります。このようにして私たちの未来に必要不可欠な化学反応の高速開発を目指し、研究を推進します。

拠点長:前田 理

(拠点長からのメッセージ)

人類は、様々な化学反応の発見を積み重ねその生活を豊かにしてきました。一方で新しい反応の開発はトライアンドエラーに頼っており、真に革新的な化学反応が発見されるまでには数十年単位の時間を要しています。そのため、このままではエネルギーや資源の枯渇、汚染といった、大きな課題の解決には時間が足りません。そこで我々は、反応開発の進め方を一新すべく、計算科学・情報科学・実験科学を融合させた「化学反応創成学」を確立し、現在および将来の人類的課題の解決を目指します。さらには世界中に開かれた拠点を形成し、その効果を全世界へ波及させることで豊かな未来社会の創造に貢献します。

(プロフィール)

東北大学にて博士号を取得後、日本学術振興会特別研究員として米国エモリー大学等で研究を行う。その後、京都大学および北海道大学にて化学反応経路ネットワークの計算や未知反応の予測を行うAFIR(人工力誘起反応)法を開発。2017年に37歳で北海道大学教授に就任、2018年には39歳という若さでWPI最年少の拠点長となる。日本学術振興会賞、世界理論・計算化学者協会(WATOC)Diracメダルなど受賞多数。Diracメダルは毎年40歳以下の優秀な若手研究者1名に贈られる賞で日本人としては初の受賞となる。

特徴・研究成果

「化学反応創成学」の構築とMANABIYAシステムによる国際連携

WPI-ICReDDは、国際的に認知された拠点となること、また計算科学・情報科学・実験科学の3分野の融合により新たな化学反応の合理的かつ効率的な開発を可能にする新学術領域「化学反応創成学(CReDD)」を早期に確立することに重点を置いています。これらの目標を達成する手段の一つが、世界スケールの高度人材育成の戦略的仕組みかつ国際的な研究者ネットワークを形成する基盤となる「MANABIYA(学び舎)システム」です。このシステムは、これら3つの分野に精通した新世代の研究者を育成し、新学術領域「化学反応創成学」を世界的に広め活用するためのものです。MANABIYAシステムは2つの部門で構成されており、MANABIYA学術部門では、国内外の大学・研究機関の若手研究者や大学院生が2週間から3ヶ月間、WPI-ICReDDに滞在し、新しい化学反応を開発するための手法を習得します。また、MANABIYA産業部門では、WPI-ICReDDの研究者と国内外の企業研究者との間で、コンサルティング、共同研究、コンソーシアムなどの形で連携を推進します。どちらの部門においても、共に新たな研究シーズを発掘し、共同研究を進めていきます。これにより、MANABIYAシステムを通じて新しい化学反応開発の手法を習得したMANABIYA研究者が、国内外を問わずWPI-ICReDDの手法を使い広めていくことになり、彼らを通じて化学反応創成学がさらに発展していくことが期待されます。

嵩高い触媒によるプロピオンアルデヒド誘導体エノールシランの syn/anti 選択的不斉向山アルドール反応の開発

WPI-ICReDD・リストグループCo-PI辻信弥特任助教が、マックスプランク石炭研究所・リストグループのメンバーとの共同研究で、嵩高い触媒によるプロピオンアルデヒド誘導体を求核剤とする立体選択的不斉向山アルドール反応を開発しました。大きな触媒の置換基上のたった一つの原子を変えることにより、「触媒ポケット」の大きさを制御することができます。その大きさによって分子が異なる角度から触媒ポケットに入り込み、高い立体選択性で触媒的向山アルドール反応が進行することが分かりました。この選択性を決める反応機構をGRRM法を用いた量子化学計算により明らかにしました。


計算により明らかにした anti- 選択的向山アルドール反応の主要エナンチオマーの遷移状態

アマトフ ティンシュティク、辻 信弥、リスト ベンジャミンら共著 Journal of the American Chemical Society, 2021 (DOI: 10.1021/jacs.1c07447)

コンピュータスクリーニングを基盤とした、ピリジンの脱芳香族化を伴うジフルオロアルキル化反応の開発

量子化学計算は、既知の化学反応のメカニズム解析に主に用いられてきました。本研究では、人工力誘起反応法を用いた量子化学計算によるインシリコスクリーニングをベースとした未知の化学反応の設計に挑戦しました。その結果、ジフルオロカルベンと不飽和結合を持つ2分子による新規3成分環化反応が計算から見出され、それを実験で具現化することに成功しました。本反応によって、創薬研究で重宝されるフッ素化含窒素複素環を含む多様な分子骨格を供給することができます。


計算科学を用いた新しい化学反応の開発

林 裕樹、勝山 瞳、髙野 秀明、原渕 祐、前田 理、美多 剛、Nature Synthesis, 2022 (DOI: 10.1038/s44160-022-00128-y)