長年の議論に終止符を打った イメージングとケミカルバイオロジーのパワフルな組み合わせ (WPI-IFReC前編)
「百聞は一見にしかず」「一目瞭然」の言葉が示すとおり、視覚は理解を助けるツールとして人の知覚の中でも格別の地位を得ている。
その強みを免疫学で発揮し、画期的な成果を次々と生み出しているのが、WPI-IFReC(大阪大学免疫学フロンティア研究センター)主任研究者で、大阪大学大学院医学系研究科・生命機能研究科教授も務める石井優さんだ。
「学生時代にカメラ撮影に凝ったのがきっかけで、光学機器に親しみを持ちました。医学研究者の中ではオプティクス(光学)系の専門用語に詳しい方だと思います」
リウマチ内科医として働く傍ら、骨を壊す「破骨細胞」を生きた骨組織の中で見てみたいという思いを強める。その技術を学ぶため、2006年から2年間、石井さんはアメリカの国立衛生学研究所・国立アレルギー感染症研究所に客員研究員として留学。生体内の深部の画像を少ない侵襲で得られる「生体2光子励起顕微鏡」を用いて骨組織内の生体イメージング技術の開発に挑んだ。
「血液中のマクロファージが骨表面に移動して骨を食べるのに特化した形態が、破骨細胞です。マクロファージは昔からカメレオンのような細胞として知られています。周囲の環境によって性質を変えるからです。さらにその環境も変えます。環境と強く結びついた細胞なので、生体の外に取り出すと性質が変わる。だからこそイメージング技術を使ってその細胞を生体内で見ることに大きな意義があるのです」
2008年に帰国後、前年に発足していたIFReCの主任研究者となり、まもなく生体内の破骨細胞の可視化に成功した。ところが——。
「破骨細胞が動いているのはわかるんですが、どう骨を壊しているかがわかりませんでした。ウニャウニャと動いているんですが、骨の壊し方は単発的なのか、継続的なのか、一部なのか、のっぺりと全体的に壊しているのかといったことがわからない。動きは見えても、機能が見えなかったんです」
破骨細胞の働きも可視化したい。しかし具体的にどうすればいいのかわからなかった。
転機は、2009年に大阪大学大学院工学研究科生命先端工学専攻(当時、現応用化学専攻)教授の菊地和也さんが兼任の形で主任研究者としてIFReCに加わったことだという。
「新メンバーのお披露目セミナーで菊地先生の講演を聴いて、その場で声をかけました」
菊地さんの専門はケミカルバイオロジー(化学を用いた生物学研究)。特に生体内の細胞と特異的に反応して光を発する分子プローブのデザイン、合成については20年ほど技術の蓄積があった。
「セミナーで顔合わせした後、日を改めて菊地先生とディスカッションさせていただいたところ、pHが下がって酸性になったら光を発し、上がったら消えるような分子プローブがあれば、破骨細胞の機能を可視化できるかもしれないというアイデアにたどり着きました。破骨細胞は強力な酸を出して骨を溶かします。破骨細胞の周りのpHを局所的にモニターできれば、いつどこで骨が壊されているのかを追跡できると考えたのです」(図1 参照)
新たな分子プローブは、局所的なpHの上下を敏感に検知するのと同時に、標的である破骨細胞に選択的に取り込まれるという性質も持っていなければならない。石井さんと菊地さんが後者の性質を持つ候補物質として目を付けたのは、ある既存薬だった。菊地さんが語る。
「骨粗鬆症(こつそしょうしょう)の薬です。リン酸は一般にカルシウムに、従って骨に貼り付きやすいのですが、そのリン酸2つと炭素が結合したビスホスホネートという構造を持っています。この構造を持っている化合物は骨の表面に効率的に運ばれる上、貼り付いたらなかなか外れません。骨粗鬆症の薬の多くは、この性質を応用して作られています。骨に貼り付いたビスホスホネートを破骨細胞が食べると、アポトーシス(細胞死)が誘導されるので、破骨細胞の働きを阻害して骨の吸収を防ぐことができるのです」
ただし骨粗鬆症の薬そのままでは破骨細胞が死んでしまうので元も子もない。骨へ運ばれるのはいいとして、その後、破骨細胞に食べられ、なおかつ破骨細胞は死なないようにするにはどうすればいいのか。
「ビスホスホネートにある程度の大きさを持った有機化合物が結合していると、破骨細胞に取りこまれても破骨細胞が死なないことが知られていました。そこで、その有機化合物としてpHが下がったら光るものを導入するアイデアが生まれました。そうすればpHをモニタリングできる上、破骨細胞を殺さないから一挙両得です。骨粗鬆症の薬を作っている製薬会社ともディスカッションして、このアイデアで分子プローブをデザインする方針を固めました」(菊地さん)
こうして菊地さんは分子プローブ作りを始めたが、満足できるものができるまでいくども壁にぶつかったという。
「2013年までの分子プローブは、2光子励起顕微鏡で使うレーザー光を10分も当てると、蛍光が弱ってしまいました。日の当たるところに置いていた印刷物の色が薄くなるのと同じように、レーザー光で色素が日焼けするからです」
どうすれば蛍光の強度を維持できるのか。菊地さんらは、分子軌道計算による数値解析を駆使してデザインを見直し、改良を重ねた。一方、石井さんの方は、特定のタンパク質を特異的に発現する遺伝子にGFP(緑色蛍光タンパク質)などのレポーター遺伝子を組み換えたレポーターマウスの作製や、マウスをセットする独自の2光子顕微鏡の実験系の開発に取り組んだ。「私からは『こんなのは見えませんか?』『まだですか?』とお願いするばかりでした(笑)」という。
「菊地先生のラボと合同ミーティングを定期的に開いたり、お互いの研究室を研究員が行き来したりしながら共同研究を進めました。当初はすぐに蛍光が見えなくなる問題もありましたが、菊地先生たちに解決していただきました」
2016年、生体内で8時間のレーザー光の照射後も十分な蛍光強度を持つ分子プローブ(pHocas-3)を完成し、『Nature Chemical Biology』誌(2016年6月7日オンライン版)への論文(“Real-time intravital imaging of pH variation associated with osteoclast activity”) の掲載に至った。菊地さんらが開発した分子プローブを使い、破骨細胞が酸を出す様子をリアルタイムで捉えられるようになったのだ。(図2 参照)
「破骨細胞は骨に全面的に貼り付いて骨を壊しているのではなく、どこを壊すのかを認識した上で、一部を壊していることがわかりました。長年の議論に終止符を打つことができたのです。イメージングとケミカルバイオロジーの組み合わせがいかにパワフルであることを実感しました」(石井さん)
赤い蛍光タンパク質で光っている破骨細胞がプロトン(H+)を出すと局所でのpHが下がり、骨(青い部分)に結合しているpH感受性色素(pHocas-3)が緑に光り出す。その部分では骨が酸によって溶かされている。緑の光は細胞のごく一部分に観られ、骨に貼り付いて全面的に骨を壊しているわけではないことが明らかになった。
菊地さんも2019年5月、この分子プローブの研究に基づく論文”In vivo Multicolor Imaging with Fluorescent Probes Revealed the Dynamics and Function of Osteoclast Proton Pumps”(「蛍光分子プローブを用いた生体内マルチカラーイメージングによる破骨細胞プロトンポンプの機能解明」)がアメリカ化学会の『ACS Central Science』誌に掲載された。
大きな電子吸引基を、スピロ環を巻いているアミン(N-)に導入したRh-2は、pHが7以下で光り出し、ミリ秒スケールで環開裂して蛍光強度が上昇する。
「2016年に論文を発表してから3年かけて、破骨細胞が酸を出した後ミリ秒単位で反応して光りはじめる分子プローブの開発に成功しました。この分子は赤色に光るため、緑色の蛍光タンパク質でラベル化した酸を放出するタンパク質の動態と機能を、同時に2色で可視化できます。そんな分子はこれまで存在しませんでした。石井先生にはいい課題をいくつも与えてもらい、失敗の連続でしたが、工夫を重ねて何とか克服してきた結果、分子をデザインする新たな方法を確立しました。ケミスト(化学者)としても意義のある仕事ができたと思います。」(菊地さん)(図3 参照)
【取材・文:緑 慎也、写真・図版提供:WPI-IFReC】
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2019年9月18日
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