ポストコロナの光は「免疫記憶」にあり!(上)
「二度感染なし」のワクチンを目指して(上)
好評シリーズ「WPI世界トップレベル研究拠点」潜入記 第7回!
WPI(世界トップレベル研究拠点プログラム)は、異なる研究分野間、言語と文化の垣根を超えて世界の英知が結集する、世界に開かれた国際研究拠点を日本につくることを目指して2007年、文部科学省が策定した研究拠点形成事業で、2020年現在、全国に13研究拠点が発足しています。
7回目となる「潜入記」の舞台は、大阪大学免疫学フロンティア研究センター(WPI-IFReC)。免疫学の研究者として著名な黒崎知博(くろさき ともひろ)特任教授と新中須亮(しんなかす りょう)特任助教にお話を聞いてきました。
【清水 修, ブルーバックス編集部】
2度目はない感染症と毎年かかる感染症。違いは?
年明けの頃は、まさかこんな生活になるとは誰も思っていなかった。
コロナ禍に突入して半年が経過した2020年10月現在、誰もが新型コロナウイルスに恒常的警戒をしながら生きていくしかないと思い始めている。待たれるのは特効薬とワクチンだ。それらが完成し、世界に行き渡れば、インフルエンザと同等の警戒だけで事足りるようになるはずだ。
とはいえ、インフルエンザだって毎年のウイルス変異に追いつくために新ワクチンをせっせと開発し続けなければ予防できない。今後、新型コロナウイルスのワクチンが社会実装されたとしても、毎年バージョンが古くなって、新ワクチン開発が少しでも遅れれば、再び我々はコロナな日々を送らなければならないだろう。
そもそも、天然痘のような「1回かかれば二度目はない(ワクチンも一生に一度の)感染症」とインフルエンザみたいな「毎年のようにかかってしまう(毎年ワクチンが必要な)感染症」があるのはなぜなのだろう。
どうやら、この違いには「免疫記憶」というものが関係しているらしい。記憶とは言っても、脳が憶えているのではなく、身体が免疫を記憶しているという話だ。インフルエンザや新型コロナウイルスの免疫記憶を一生レベルまで延ばせれば、ワクチンも一回で済むんじゃないか……。
などと思って、免疫記憶のことを調べていたら、まさにその話を聞かせてくれそうな研究者を発見した。大阪大学免疫学フロンティア研究センター(WPI-IFReC)の黒崎知博副拠点長(特任教授)と新中須亮特任助教。
大阪大学免疫学フロンティア研究センター(WPI-IFReC)
さっそく我々、WPI潜入チームは大阪大学吹田キャンパスへと向かった。前回のZoom取材と違って、今回は晴れてリアル取材である。
ウイルスをぐさっと認識する『はたらく細胞』
「やあ、こんにちは。コロナ禍の中、よくいらっしゃいました」
笑顔で迎えてくれた黒崎副拠点長。免疫記憶の第一人者である。
黒崎知博特任教授
「では、ものすごくざっくりと免疫反応(抗原抗体反応)の話から始めましょう……」
「抗原すなわち病原性を持つウイルスはヒトの身体に侵入して悪いことをします。具体的には体内でウイルスをどんどん増殖させて、細胞がどんどん死んでいきます。インフルエンザや新型コロナウイルスもそのようにしてヒトの体を攻撃します。そのウイルスタンパク質というものはまんじゅうのような形をしているのです」
まんじゅう?
「ウイルスのまんじゅうは、真ん中のあんこにあたる部分にRNAが詰まっています。そして、周りにまんじゅうの皮のような白い膜があります。その白いタンパクの膜にB細胞が『ぐさっ』と認識してウイルスを無力化する『中和抗体』を出してウイルス増殖を防ぎ、身体を守ります。このような、身体を守る一連の機能を『免疫(獲得免疫)』と呼んでいます」
ぐさっと認識。つまり、刺しているわけではないが、まるで刺すがごとく抗原を捉えるわけですね。
『B細胞抗原認識受容体』の先が、抗原にくっつき刺激されることで
『プラズマ細胞(抗体生産細胞)』(下図参照)に分化し、中和抗体を分泌することで抗原を無力化する
数がモノをいう免疫記憶の仕組み
そのような免疫の機能がどのくらいの期間、残っているのか。天然痘のように、一度撃退したら免疫が身体に一生残っていることもありますね。
「それが免疫記憶。天然痘やおたふく風邪のような『一度罹ったら二度と罹らない』という現象は大昔から知られていました」
「古代ギリシアの戦争、『ペロポネソス戦役』(デロス同盟軍vs.ペロポネソス同盟軍)の記録を記した『戦史』(トゥキディデス著)の中に『二度なし』という記述があります。戦争中に古代アテネで蔓延した疫病(病名は不明)は一度かかれば二度目にかかることはなかった。かかったとしてもとても軽症だったという記述です」
「この免疫記憶という現象を利用して、18世紀末に英国の医学者、ジェンナーが『種痘』を発明しました。世界で最初のワクチンですね。実は、この『二度なし』という現象は正確ではありません。本当は二度目もあるのです」
二度目に罹らないという意味ではない?
「免疫記憶のメカニズムを少し説明しましょう……抗体というものはB細胞またの名をBリンパ球と呼ばれる細胞から出されます。たとえば、身体の中に1億個のB細胞があるとしましょう。1億個のB細胞は1億種類の違う抗原(ウイルスなど)を個別に認識できるようになっています」
「そこに、新型コロナウイルスなどのウイルスがやってきます。そして、1億個のうち、3番目のB細胞がウイルスに反応したとします。すると、活性化された3番目のB細胞の数が一気に増加します。1万倍くらい。1万倍に増えた3番目のB細胞は、その後『プラズマ細胞』という抗体産生細胞に変身(分化)して抗体を出し、そのウイルスをやっつけてくれます」
B細胞の抗原認識受容体がピッタリとくっつくとそのB細胞は増殖、
分化の過程を経て『プラズマ細胞(抗体産生細胞)』となり、最終的には1万倍くらいになる。
また、B細胞の表面にでていたB細胞抗原認識受容体は、分泌タイプの構造に変化して『抗体』となる
ウイルスをやっつけた後、活性化されたB細胞はどうなるのですか。
「ウイルスをやっつけた後、長く生体の中に残る細胞として、長寿命プラズマ細胞とメモリー細胞という2種類の細胞があります。ここからがおもしろいところ。非常時が去ると、1万倍になった3番目のB細胞は一気に数を減らしていきます。平常時の数に戻っていくわけです」
「しかし、100個くらいで減少が止まります。これをメモリーB細胞といいます。そうすると、同じウイルスが再度攻めてきた時に100個から増殖をスタートできる。そのほうが早くウイルスに対応できるわけですね。病状が現れないほど早く対応できるので、外から見るとまるで何も感染していないように見えるのです。これが『二度なし』のカラクリ。免疫記憶と呼ばれている仕組みです」
「もっとも、インフルエンザなどの場合はゲノム変異を起こして、一度目とはちょっと違うウイルスに変身して攻めてくることが多いので、一度目に対応したB細胞がそもそも対応できないということもあります」
ウイルスの種類によって免疫記憶の長さに違いがあるのはなぜなのですか。
「それはまだ解明されていません。今後、免疫学の進歩で解明されていくはずです」
骨髄で一生眠り続ける抗体産生細胞
将来、様々な抗原に対する免疫記憶を人為的にコントロールできるようになったりするのでしょうか。原理が解明されていない現在では明言できないかもしれませんが。
「それは十分可能であろうと思っています。さきほど話した『ウイルス撃退後に数が減少していくプラズマ細胞(抗体産生細胞)』の数を一定の数で踏みとどまらせて、その寿命をキープすれば免疫記憶は長くなるわけですね……」
「プラズマ細胞の寿命ということに関しては、ひとつ、ヒントとなる現象があります。僕はマウスのプラズマ細胞(抗体産生細胞)が骨髄の中で増殖せずに一生、静かに存在しているということを実験で確かめました(長寿命プラズマ細胞)。これは十中八九、ヒトの身体の中でも起こっている現象です」
「おそらく、プラズマ細胞は一旦作られて長寿命プラズマ細胞になると、その人の生涯を通じて死にません。骨髄の一定の場所に移動して、サイレントな状態でずっと生き続けるのです。サイレントな状態なので外から刺激を受けてもなかなか活性化しないのですが、ひとたび非常時(過去に経験したウイルスが侵入)となれば、再び活躍します」
B細胞対ウイルスウイルス(青)に対する抗体(白)を分泌する形質細胞(B細胞、オレンジ)をイメージしたCGイラスト photo by gettyimages
その長寿命プラズマ細胞が「なぜ長寿命になったのか」が解明されれば免疫記憶の謎の解明に近づく、と。
「そうです。それらは今後マウス実験で調べていこうと思っています。『長寿命プラズマ細胞がなぜ長寿命になったのか』という問題に関しては、現在、2つの説があります。ひとつめの説は〈最初に活性化される時の条件によって決まる〉という説。これはかなり信憑性が高い説だと僕は思います」
「もうひとつの説は〈骨髄の中の環境によって決まる〉という説。つまり、ウイルスとの戦いの後に骨髄に移動して、どの場所に位置を定めたか、その環境によって決まるということです。こちらの説はちょっとエビデンスが足りないように思います。また、示されたデータにバイアスがかかっているようにも思えます」
「いずれにせよ、この2つの説のうち、どちらが正しいかを今後、解明していく必要があります。しかし、もしかしたら、一見、相矛盾するこの2つの説を包摂する大きな共通原理があるのかもしれない。その場合はどちらも正しいということになりますね」
メモリーB細胞の『出生の秘密』を解明
ここで、IFReC黒崎グループの新中須亮特任助教が登場。
「こんにちは。ちょっと遅れましてすみません。今日は過去に私が出した研究成果をひとつ、ご紹介したいと思います」
新中須 亮 特任助教
4年前、新中須特任助教は「メモリーB細胞の分化誘導メカニズムの解明」という研究成果を生み出した。
免疫記憶を担うのは「メモリー細胞(記憶細胞)」だ。メモリー細胞にはメモリーB細胞やメモリーT細胞などがあると言われている。B細胞は抗原(ウイルスなど)と戦った後に数が減少すると前述したが、このウイルス対戦での生き残りのB細胞がメモリーB細胞となり、二度目の敵の襲撃に備えてリンパ組織を巡回しつづけるのだ。新中須特任助教はこのメモリーB細胞の「大きな特徴」を発見した。
あるウイルスが身体に侵入して戦い(免疫応答)が始まる時に、リンパ組織の中に「胚中心」というものが作られる。B細胞はこの胚中心の中で親和性成熟(そのウイルスを認識できるようにカスタマイズされること)がなされ、その後、ウイルスを「ぐさっ」と認識して退治する。
ウイルスとの戦いが終わると、この胚中心の中にいるB細胞からメモリーB細胞が分化するのだが、従来は「親和性成熟が成された(つまり、戦っていたウイルスをよく認識できる)B細胞から分化するのだろう」と言われていた。よくウイルスを認識できるほうが再度ウイルスが攻めてきた時にすぐに臨戦態勢に入れるだろうから、そう思われるのも当然だ。
しかし、新中須特任助教は「胚中心B細胞の中で、抗原への親和性成熟のあまり進んでいない細胞が、メモリーB細胞に分化誘導されやすい」ということを発見したのだ。これは科学者の常識的判断を覆す画期的な成果だった。実際、不思議な話だ。敵を見つける訓練がなされた兵士ではなく、まだ見つける訓練がなされていない兵士を巡回役にしてしまうのはなぜなのだろう。
明らかになった胚中心B細胞からのメモリーB細胞誘導メカニズム
『B細胞抗原認識受容体』の先が、抗原にくっつき刺激されることで
『プラズマ細胞(抗体生産細胞)』(下図参照)に分化し、中和抗体を分泌することで抗原を無力化する
胚中心の中には抗原への親和性が異なる胚中心B細胞が存在します 。この中で免疫抗原への親和性があまり高くない細胞ではBach2遺伝子の発現レベルが高く維持されています。メモリーB細胞はこのBach2遺伝子の発現レベルが高く維持されている細胞群から誘導されてきます。
一方、免疫抗原への親和性の高い胚中心細胞は 、積極的に抗体産生細胞に誘導されます。また、これまでの報告と今回の研究成果を合わせて考えると、メモリーB細胞細胞とは逆に、Bach2遺伝子の発現が低く抑えられていることが抗体産生細胞誘導に重要であると予想されます。
「ちょっと驚きますよね。その理由を考えてみると、たぶんこういうことなのだろうと思います……。親和性成熟が進んだB細胞というのは、ある特定の抗原に対してのみ強く反応する細胞です。他の抗原に対しては反応できない」
「これに対し、親和性成熟が進んでいない胚中心B細胞から分化誘導されるメモリーB細胞は『特定の抗原だけでなく、それを含むもう少し広い範囲の抗原に反応できる細胞』である可能性があります」
「つまり、多少変異を起こしたウイルスなどが再度襲ってきた場合、親和性成熟が進んだB細胞は対応できないけれど、親和性成熟が進んでいないB細胞なら対応できるかもしれないわけです。戦いのあとの巡回役の兵士には『少し広く目配りできる兵士』を配置しておくというシステムなのではないかと思います」
なるほど! そのほうが賢い選択と言えますね。免疫って賢いんだな。
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2019年9月18日
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