ポストコロナの光は「免疫記憶」にあり!(下)
「二度感染なし」のワクチンを目指して(下)
好評シリーズ「WPI世界トップレベル研究拠点」潜入記 第7回!
WPI(世界トップレベル研究拠点プログラム)は、異なる研究分野間、言語と文化の垣根を超えて世界の英知が結集する、世界に開かれた国際研究拠点を日本につくることを目指して2007年、文部科学省が策定した研究拠点形成事業で、2020年現在、全国に13研究拠点が発足しています。
7回目となる「潜入記」の舞台は、大阪大学免疫学フロンティア研究センター(WPI-IFReC)。免疫学の研究者として著名な黒崎知博(くろさき ともひろ)特任教授と新中須亮(しんなかす りょう)特任助教にお話を聞いてきました。
【清水 修, ブルーバックス編集部】
身体を守る『二段構え』の免疫布陣
ええと、ここからは黒崎先生と新中須先生、お2人に質問いたします……免疫素人っぽい質問かもしれないのですが、先ほど、黒崎先生が話してくださった長寿命プラズマ細胞が骨髄にいるので、その細胞ががんばって「過去に戦った抗原」と戦ってくれれば良いのではないですか? それなのにメモリーB細胞も同じように敵を待っているんですよね。
「たぶん、メモリーB細胞は長寿命プラズマ細胞とは違う存在意義があって存在しているものではないかと思うのです。骨髄にいる長寿命プラズマ細胞は親和性成熟が進んだ後の細胞。つまり、特定の抗原にだけ反応する細胞です」
「それに対して、メモリーB細胞はもう少し狙いが『ゆるい』細胞です。プラズマ細胞に変化する前の状態の細胞で、いろいろな抗原に対応できるような『広い範囲をカバーする細胞』なのです。特定の敵との戦いを得意とするプラズマ細胞といろいろな敵に対応できるメモリーB細胞の『二段構え』にして防御を強くしているのではないかと思います」(新中須)
なるほど、二段構え!
「長寿命プラズマ細胞が第一段階の生体防御。しかし、ウイルスが変異していると、第一段階の網をすり抜けてしまうので、第二段階として、変異したウイルスもキャッチできる可能性が高いメモリーB細胞の網を作っておく。長寿命プラズマ細胞が変異したウイルスをキャッチできない時は、キャッチできるメモリーB細胞がもう一度、胚中心に行って成熟して最適なプラズマ細胞になるということです」(新中須)
熱心に説明してくださった黒崎特任教授(左)と新中須特任助教
今後、メモリーB細胞を人為的に作ることも考えているそうですね。そうすると、将来的には第二段階の防御を強化できるようになるということでしょうか。
「今、新中須君に『メモリーB細胞を人為的に誘導できるようにする』という研究をやってもらっています。これはすごく大事な研究です。人為的に二段目の壁(メモリーB細胞)を作る。もちろん一段目(長寿命プラズマ細胞)を作るという選択肢もあるのですが、一段目のものを作ると二段目が作りづらい。二段目を作ると一段目が作りづらい」
「そういうトレードオフの関係性があるので、それなら二段目を作るほうが大切。ピンポイントのもの(長寿命プラズマ細胞)よりも汎用性の高いもの(メモリーB細胞)のほうを作るべきだと思いますね」(黒崎)
将来、我々の免疫システムはこのようにしてエンハンスメントされていくのだ。夢のようである。
果たしてオリンピックは開催可能なのか
せっかく免疫の専門家を訪れたのだから、やはり新型コロナウイルスの話とそのワクチンのことを聞いておきたいところ。このウイルスに関してはいろいろなことが語られていますね。
「新型コロナウイルスに感染した患者さんの経過を見ると、治った患者さんの中にある抗体がIgM抗体であることが多くて、短期間で減ってきているようですね。個人差はありますが、概して免疫記憶は短いと思われます」
「それから、気になるのは、米国で再感染した患者さんが出てきていること。再感染した原因は2つ考えられます。ひとつめは『一度感染して体内にできた抗体が急速に減少して再度感染したのではないか』ということ。つまり、免疫記憶が短くて再感染したという考え方」
「ふたつめは『患者さんの体内にできた抗体は減少していなくて、変異した新型コロナウイルスに感染したのではないか』ということ。こちらが真相だったら、けっこう厄介ですね。ウイルスが変異すると、再びワクチンを作らなきゃならないので……」
「新型コロナウイルスはRNAウイルスなのでインフルエンザやHIVと同じ傾向の変異をするであろうと思われます。インフルエンザと比較して特に早く変異するわけではなさそうですが、変異は確実に起こっているはず。武漢型からヨーロッパ型への変異があったことはよく言われています」(黒崎)
それに対して、現在、いろいろな会社がワクチンを開発しています。ワクチンは効くと思われますか。
開発されたワクチンは効く?開発されたワクチンは効く?
「一般的に、ワクチン開発は動物実験などを経て治験(ヒトを対象とする臨床試験)に進みます。治験は、少人数の健康な人を対象として行うphase1、人数や範囲を広げて(高齢者や年少者を含むこともあり)行うphase2、数千人に至る大規模な人数で行うphase3と進みます」
「ここで成功をおさめたワクチンが承認の段階に至るわけです。新型コロナウイルスのワクチン開発は、早く進んでいるもので現在phase3に入っているようです。僕が見る限り、効くことは間違いないと思います。現時点で安全性にも希望的観測を持っています。3ヵ月から半年くらいの短いスパンでなら確実に効果はあるでしょうね」(黒崎)
ということは、オリンピックは無事開催できる、と?
「開催から4、5ヵ月前に、オリンピックに関わるであろう全世界の人々(選手、スタッフ、関係者、観客)にワクチンを打てば、オリンピックは開催できるはずです。ただ、それはあくまでオリンピックが開催できるかどうかという話で、新型コロナウイルスのワクチンの効果が一年を越えて持続するかどうかは大きな疑問。一度ワクチンが完成しても、その後もずっとワクチン開発の戦いは続くと思いますよ、インフルエンザのように」(黒崎)
うーん、大変だ。それでも、現在のコロナ生活よりはずいぶんと安心感が増すし、通常の社会に戻せる可能性が高まりますね。なんか、研究者から言質を取ったような気分です(笑)。
ずっと効くワクチンの実現を見据えて
新型コロナウイルスに関して、今後の研究の展望はどんなものでしょうか。免疫記憶そのもののご研究とも大いに関係のあることだと思いますが。
「2つあります。ひとつめは『ウイルスのゲノム変異に強いワクチンを作る』ということ。ふたつめは『一旦、変異に強い抗体ができたら、それが長い期間、体内に残っているようにする』ということ。どちらも、現在、いくつかのアイデアを試しているところです」(黒崎)
おお、なんか、とても期待してしまいます。
「ウイルス変異に強いワクチンを作ることに関しては、ひとつ、アイデアがあります……。ウイルスのゲノム構造の中に、ウイルス自体が生き延びるために絶対に変異しない箇所というのがあるのです。その箇所は敵に狙われないように隠されています。私たちはその隠されたところをこじ開けて反応させられるワクチンを作れないかなと思っています」
「インフルエンザなどのワクチンを作る時は、表面にある『よく見える箇所』を反応させるように作ることが多いのですが、よく見える箇所は変異しやすいのです。だから、変異しにくい隠された箇所を反応させるワクチンを作る。ゲノム変異を起こしやすいウイルスでも、そのように作ればずっと効くワクチンができると思います」(新中須)
なるほど。それはすごい。ずっと効くワクチン、ぜひ、作ってほしいです!
黒崎知博特任教授(大阪大学免疫学フロンティア研究センター副拠点長・写真右)と新中須亮特任助教
それにしても……新型コロナウイルスのように新しく何かが出てくると、確定していない情報が多くて、研究者も大変ですね。分からないことだらけの状態で研究を進めていかなきゃならない。
「現状はそうなのですが、そもそも『科学』というものはいつの時代もそういうものでした。ルネサンスの頃も21世紀になった現在も。これからも『分かった。すっきりした』と思われる部分と『まだ分からない。もどかしい』と思われる部分の両方が存在する形で科学は進んでいきます。分からない部分が多いテーマも多々あるのです」(黒崎)
たしかに、すべてが分かってしまったら、それは科学ではないですよね。
「分からないことがあって、その中で何かを実証できて『ここは矛盾せずに説明できた』ということを少しずつ積み重ねていくのが科学なんですね」(黒崎)
コロナな日々はそれまで当たり前だと思っていた生活や社会様式に潜む様々な「答えが出ていない問題」に気づかせてくれた。科学のように、いや、科学者のように、ぼくらもその問題を抱え続けながら、ひとつずつ答えを積み重ねていくしかないのかもしれない。
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2019年9月18日
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