クラウドファンディングで最先端研究をPR

「世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)」の事業期間は原則10年である。2007年から2019年までに13の拠点が選ばれたが、第1期で採択された5拠点のうちKavli IPMUを除く4拠点(AIMR、iCeMS、IFReC、MANA)は2017年までに補助金支援期間を終えている。
補助金支援期間を終えたWPI拠点の課題は、それまで補助金を原資として築き上げた研究水準をいかに維持するかである。
その手段の一つとして、WPI拠点はファンドレイジング(資金調達)活動を開始した。
それでは現場ではどのようなファンドレイジング活動が行われているのだろうか。今回は物質・材料研究機構 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点(WPI-MANA 以下MANA)の事例を紹介しよう。
WPI-MANA 副拠点長/事務部門長の中山知信さん(右)と企画・アウトリーチチームの津毛邦仁さん(左)

アウトリーチとしてのクラウドファンディング

2019年春、MANAに所属する研究者らがクラウドファンディングを2件実施した。クラウドファンディングには、All or Nothing方式とAll in方式がある。All or Nothing方式では、プロジェクト提案者がインターネットを通じて資金提供を呼びかけ、あらかじめ設定した期間中に目標金額を集めることに成功した場合のみ、プロジェクト提案者は資金を受けとることができる。一方、All in方式は期間内に目標金額に到達しなかった場合でも集めた金額をプロジェクト提案者は受けとることができる。 今回MANAが利用したのはAll or Nothing方式のクラウドファンディングで、学術系に特化したクラウドファンディングプラットフォーム「academist(アカデミスト)」 にプロジェクトを掲載した。その一つは、MANAナノシステム分野ナノ光制御グループ主任研究員の石井智氏、大学院生のManpreet Kaur氏による「太陽光エネルギーを利用する海水淡水化装置を実現したい!」 。屋外実験用の海水淡水化装置のプロトタイプ製作の研究費として、資金提供を呼びかけたところ、目標金額40万円に対し、62人のサポーターより支援総額63万1,600円を獲得した。 もう一つは、MANAナノシステム分野スマートポリマーグループ グループリーダーの荏原充宏氏による「『スマートポリマー』で簡易型透析装置を実現したい!」 。さまざまな機能を発揮するスマートポリマーを用いたファイバー材料が、どのくらい血液から尿毒素を除去できるか検証するための研究材料費の支援を求めたところ、目標金額80万円に対し、69人のサポーターから支援総額94万8,920円を獲得した。つまり、2件とも成功裏に終わったのだ。 クラウドファンディングによるファンドレイジングが軌道に乗れば、補助金支援期間終了による資金減少を補えるのではないか。そんな展望も開けるように見える。しかし、MANA副拠点長で、事務部門長の中山知信さんは「クラウドファンディングは気軽に取り組めるファンドレイジングの手段です。ただしこの方法で集められるお金は少ないので、研究費あるいは人件費の全額を工面することを目的に据えると苦しむことになるのではないか」と指摘する。 支援期間中、国からの補助金は毎年十億円規模。支援期間が終了した現在、同等の資金を外部から調達するのは、容易ではない。

中山 「MANAには優秀な研究者からの雇用の相談や応募がたくさんありますが、補助金支援があった時代に比べると、今では10分の1しか雇用できません。したがって、どのWPI拠点も、どの研究者も資金を調達したいという思いを持っていますが、大型の寄付で資金調達するなら、それなりの営業活動をする必要があります。特にMANAで行われている材料分野の研究は世界最先端のものではありますが、医療、生命、宇宙など一般の人々にも分かりやすい分野と違って比較的に地味な基礎研究分野ですので、分かりやすく研究内容を伝えることに苦慮しています。かといって研究者の負担を増やしてファンドレイジングに取り組んでも、本来の研究が滞れば本末転倒ですし、ファンドレイジングのための新たな人員を雇う余裕もありません。そこでMANAではクラウドファンディングをアウトリーチ活動の一つとして取り組むことにしました」

プロジェクトを開始するにあたり、最初のハードルとなったのが、MANAのホスト研究機関である国立研究開発法人物質・材料研究機構(NIMS)における規程の制定であった。そもそもNIMSに、クラウドファンディングに関する約束事がなかったのだ。NIMSの規程を新設する過程で、中山さんは「最悪のケースを想定すること」の重要性を学んだという。

中山 「寄付は非課税です。そのためクラウドファンディングが資金洗浄などの不正に使われる可能性があるとNIMS より指摘がありました。例えば、匿名の法人が不正な資金を寄付に回し、それを何らかの形で回収する経路に組み込まれてしまうと、実質的に資金洗浄を手助けすることになるというのです。なるほどと思いました。これらの行為を防ぐため、法人からの寄付には、審査を行うことにしています。クラウドファンディングは不特定多数の人を相手にすることになるので、何が起こりえるのかシュミレーションして事前にリスクを考える必要があります。」

もちろんクラウドファンディングだけで研究費全体を潤すことはできないが、研究資金の獲得以上の大きな意義があるという。

中山 「クラウドファンディングを通じてMANAで行われている研究を 一般の方々に伝えることができます。われわれもこのプロジェクトに参加する研究者を募るとき、自分の研究を応援してくれるファンと出会える機会だと思って参加してほしいと言っています」

実際、サポーターと研究者の間では、次のような意見交換がなされている。

「簡便に飲用水が確保できるようになれば災害時に大いに役立つと共感しました。応援しています!」 「ご支援いただき、ありがとうございます。本試料は、水面に浮かべるだけで水の蒸発効率を飛躍的に向上できることが特徴です。実際に災害時などで使用できるようになると良いと思っています」 「寿命などの課題がありそうですね。腰を据えて頑張ってください」 「ご支援、ありがとうございます。実験室で数週間放置したくらいでは性能が変わらないことは確認していますが、屋外でのより長期の寿命や耐久性はこれから検証していきたいと考えています」 (以上、アカデミスト「太陽光エネルギーを利用する海水淡水化装置を実現したい!」のコメント欄より抜粋して引用)

「透析関係の仕事をしております。簡易型透析というのがどういうシステムになるのか判りませんが、期待しております」 「現場ではわれわれが知りえない問題点などがまだまだあるかと想像いたします。その中でもまずは透析液を用いない吸着剤による尿毒素の除去を第一歩と考えております」 「自分の友人が人工透析を必要としているのもあり、私は微力ですが、この研究を応援させて頂きたく思います」 「身近に透析患者さんが居ると本当に切実な社会問題だと痛感いたしますよね。ご支援ならびに応援ありがとうございます」 (以上、アカデミスト「『スマートポリマー』で簡易型透析装置を実現したい!」コメント欄より抜粋して引用)

サポーターと研究者の間で、非常に活発なコメントが交わされていることがわかる。

中山 「自分たちの研究が一般の方々にどう受けとめられているのか知るだけでも、研究者の励みになります。WPIプログラムによる補助金支援期間が終了し、 限られた予算の中で、研究者がモチベーションを維持し続けることは難しい。しかし、クラウドファンディングはわれわれに勇気を与えてくれます。その意義は非常に大きい。研究者にやる気がなくなったら終わりですので」

新素材、新材料を開発する研究者の場合、たとえ社会問題に深く関わる研究をしていても、それぞれの現場の声に接する機会は少ないかもしれない。そんな基礎研究に携わる研究者にとって、クラウドファンディングは一般の人々と繋がるチャンネルの役割を果たしていると言えるだろう。 TwitterやFacebookなどのSNSにも同様の機能がある。しかし、クラウドファンディングでは金銭的やりとりを伴う。その分、サポーターの発言の重みも、資金提供を受ける研究者の責任感も増すと考えられる。そこにクラウドファンディングの価値があると言えそうだ。

クラウドファンディングの実際

MANAでファンドレイジングの実務に携わっているのが、アウトリーチチームの津毛邦仁さんである。クラウドファンディングの実施に当たって、津毛さんは、プラットフォーム(クラウドファンディングを研究者に代わり実際に行う企業)の検討や各プロジェクトの運用を支援した。 津毛さんによれば、数あるプラットフォームの中から「アカデミスト」を選んだ理由は、同社が大学や公的研究機関の研究者によるプロジェクトを中心に扱ってきた実績がある点、及び、研究者の負担を配慮したサービスを提供している点に着目したからだという。 では、目標金額はどのように設定するのだろうか。

津毛 「まずは目標金額を達成することが重要なので、達成可能な、研究資金として魅力のある金額を設定しましょうとアカデミストさんからアドバイスがありました」

2014年以来、学術系クラウドファンディングプラットフォームを運営するアカデミストさんの経験に基づき、同社との綿密な打ち合わせを行った末、金額を設定したそうだ。 2019年4月19日から7月19日にかけて行われた荏原充宏氏による「『スマートポリマー』で簡易型透析装置を実現したい!」プロジェクトでは目標金額が80万円に設定された。日本における透析患者数(30万人以上)や、家族に透析患者がいる人を考慮すると、もっと多くの支援を見込めたのではないか。

津毛 「荏原先生の研究については、クラウドファンディングをする以前から、一般の方から機構宛にメールで問い合わせがあるなど広く関心を集めていました。ですから、今回クラウドファンディングを開始するにあたって当初は60万円を設定していたのですが、サポーターが増えると予想されたので少し上乗せして80万円にしました。本来ならもっと大きな金額を設定しても良かったのかもしれません。しかし、大きな金額を設定すると、PR活動に係る負担が増えてしまいます」

PR活動に過剰な負担をかけずに支持を広く集めるには、プロジェクトの紹介ページで、プロジェクトの価値、意義、魅力を効果的に表現する必要がある。

津毛 「アカデミストさんから最初に提供される『プロジェクトページ作成シート』に、紹介ページに表示される必要な情報を書き込みます。研究内容についても起承転結を意識しながら書きこめるので、研究者も書きやすいようです。アカデミストさんのスタッフと相談して、タイトルやイメージ画像も決めるのですが、豊富な経験に基づいた具体案 を提示していただけます。支援金額の動きが鈍くなるとすぐにSkypeまたはメールで 打ち合わせもしてくれるので、円滑にプロジェクトを進めることができました」

しかし、2件のクラウドファンディングの経験を通じて課題も見えてきた。

津毛 「サポーターの輪を広げようとすると、やはりもっとPR活動をする必要があります。支援金額が目標に届かない場合などを想定すると、イベントを開いたり、学会で紹介したりなどする必要が出てきます。そのための人員が必要なのです」

中山さんも人員不足を指摘する。「理想的には、ファンドレイジングによって有期雇用の研究所スタッフの人件費を保全するところまでお金を集められるとよいと思います」 クラウドファンディングなどファンドレイジング活動が、研究者あるいは研究機関そのものを支えるようになるまでには、まだまだ時間がかかる。中山さん、津毛さんらは今後も、クラウドファンディングを研究者のモチベーションの維持向上に役立つツールとして活用していくつもりだという。
【取材・文、写真撮影:緑慎也】