「膜」が世界を救う!
植物の真似をして地球温暖化を逆転させる方法(上)

CO2回収技術変革への道(上)

好評シリーズ「WPI世界トップレベル研究拠点」潜入記第4回!

WPI(世界トップレベル研究拠点プログラム)は、異なる研究分野間、言語と文化の垣根を超えて世界の英知が結集する、世界に開かれた国際研究拠点を日本につくることを目指して2007年、文部科学省が策定した研究拠点形成事業で、2019年現在、全国に13研究拠点が発足しています。

このたび潜入したのは九州大学カーボンニュートラル・エネルギー国際研究所(以下、WPI-I²CNER。アイスナーと読みます)。CO2分離・転換研究部門の部門長・藤川茂紀教授に、驚くべき「膜」の話を聞きました!

【清水 修, ブルーバックス編集部】

少しでも大災害を減らしていくために

「内なる外」と呼ばれる場所が我々の身体の中にあるらしい。

人間は目の前のリスクや身のまわりの問題には真剣に取り組もうとするが、ちょっと遠いリスク、規模の大きな問題はつい先送りにしがちになる。「温室効果ガスの削減」なんてまさにそんな「大きな問題」のひとつだ。

地球温暖化に少なからず影響を与えていると言われる「温室効果ガス」を足並み揃えて減らしていきましょうと世界各国が合意した国際的枠組み「パリ協定」が採択されたのが2015年。人為的に排出されている温室効果ガスの中では、二酸化炭素(以下、CO2)の影響が筆頭に挙げられる。

しかし、このCO2がいっこうに減らない。

国連環境計画(UNEP:United Nations Environment Programme)の排出ギャップ報告書2018年版(The Emissions Gap Report 2018)によれば、世界のCO2総排出量は減らないどころか、2017年時点で4年ぶりに増加してしまった。

もちろん、多くの人々が「このままではまずいよな」と思っている。持続可能な地球環境のためには大事なことだと考えている。だからこそ国連気候行動サミット(UN Climate Action Summit 2019)でも、スウェーデンの環境活動家、グレタ・トゥンベリさんが大人たちに対して怒りの言葉を発していた。何か、CO2を減らす画期的なやり方はないものか……。

などと思っていたところ、九州大学のWPI拠点、カーボンニュートラル・エネルギー国際研究所(WPI-I2CNER:アイスナー)に革新的なCO2回収方法を生み出しつつある研究者がいることを知った。われわれ潜入チームは一条の光を求めて、さっそく福岡へと飛んだ。

カーボンニュートラルな世界を目指して

「こんにちは。はるばる遠いところまで、ご苦労さまです!」

藤川茂紀(ふじかわ・しげのり)准教授

この方が革新的なCO2回収方法を生み出しつつある藤川茂紀准教授(CO2分離・転換研究部門長。WPI-I2CNER主任研究者)である。快活にしてフレンドリーな先端研究者。すごく期待が持てそうだ。

「せっかくいらっしゃったので、まずはクイズです。地球の大気中のCO2全体の質量、重さはどのくらいだと思いますか?」

えっ、クイズ?

いや、想像もつかないですけど。何千万トン(以下、t)とか、そういう単位ですよね(うーん、びっくりした……)。

「正解は約1~2テラt程度。つまり、1~2兆t程度です。

ピンと来ないですよね。これに加えて、いまもCO2が大気中に排出されています。その排出量は、日本だけで考えてみると2017年は約12億t。また日本人1人あたりの排出量は年間約9t。だいたい、1ヵ月にひとり1t近くのCO2を排出していることになります。

普通に生活しているだけで、ひとり月1t。これを大きく減らしていくのは大変なことなのですね。具体的にはCO2を捕まえて地下深くに注入、石灰岩として固定しておく『二酸化炭素回収貯蔵(以下、CCS:carbon dioxide capture and storage)』をやるべきなのですが、日本でCCSをやろうとすると電気代が現在の2倍くらいになってしまうのです。だから、日本ではまだ実現していません」

なるほど、コストの問題が大きいんですね。

「CO2削減のキーワードとして、『カーボンニュートラル』という言葉をご存知ですか」

カーボンニュートラル。日本語では「炭素中立」。環境の中において、CO2の排出と回収をプラスマイナスゼロ(=ニュートラル)にすること。

実は、このWPI拠点、WPI-I2CNERはその組織名にカーボンニュートラルという言葉が含まれていることでも分かる通り、「CO2の排出を減らすとともに、非化石エネルギーによる社会エネルギーシステムを構築するための基礎科学を創出すること」を目的に設立された研究所である。

具体的な研究分野としては、人工光合成による水素製造、水素貯蔵、耐水素材料、効率的で信頼性のある燃料電池、化学反応・触媒作用の「グリーン化」、CO2回収、CO2地中貯留、CO2の有用物質への効率的な変換など、サステイナブル(持続可能)な地球環境を実現するためのさまざまなエネルギー研究を重ねている。

藤川准教授はこの多様な研究分野の中で、主に「CO2回収」に関する研究を担っている。ちなみに、「エネルギー」をターゲットとしてこれほど多角的に研究をしている組織は日本でも数少なく、このWPI-I2CNERはきわめて斬新な研究所だということができる。

CO2を“膜”で捕まえる方法

「現在、CO2回収方法は3つあります。方法Aが『CO2を液体に溶かす(溶液吸収)』。方法Bが『CO2を固形吸着剤に吸わせる(固体吸着)』。方法Cが『フィルターで分離する(膜分離)』。

社会実装するためには方法C(膜分離)がコスト的にもっとも適しているのですが、現在は実用化に見合った膜が開発されていません」

だからこそ、世界中の研究者が「回収効率の良い膜」の研究にトライしている。藤川准教授もそのひとりというわけだ。

実用化に見合った膜がまだできていないとのことだが、実際に膜でCO2を分離するのはとても難しいことらしい。

「そう、難しいのです。ふるいにかけるのと同じなわけだから粒子の大きさに合わせた膜を用意することが大事なのですが……。

まず、水素の分子の大きさは2.8オングストローム(以下、Å)です。CO2の分子の大きさが3.3Å、窒素の分子の大きさが3.4Å。これらの分子のうち、CO2だけを通す穴を膜にあけなければなりません。

でも、CO2がちょうど通れる穴をあけたとしたら、もっと小さい水素の分子も通り抜けてしまいますよね。CO2は一番小さい分子ではないので、選択的に通すことがなかなか難しいわけです。

じゃあ、どんな膜にすればいいのか……。「化学的にCO2と相性の良い材質を使った膜」を作ればよいのです。化学的に相性がよい材質の膜であれば、自然にCO2が膜に引きつけられます。ふわーっと膜に寄ってきて中を通ってくれるわけです。

水素の分子は膜に近づいてこないので通らない。そうなれば、CO2だけを選別する膜ということになりますね」

透過性と選択性の微妙なバランス

なるほど、膜の材質がカギである、と。

「しかし、CO2だけが通る(透過する)膜を作ったとしても、今度は『目が細かいふるいは、なかなか通りにくい』という問題に突き当たります。子供のころ、砂場で遊んだ時に経験したように、細かい粒の砂を集めたい場合に『目の細かいふるい』を使うと、なかなか出てきませんよね。時間がかかります。

CO2を分離する膜はナノレベルの穴の膜ですから、加圧しないと容易に透過しないのです。だから、場合によっては、少ない加圧で透過させられるように、ふるいの目を少し粗くしなければならない場合も出てくるが、そうなると、選択性は低下してしまいます。

つまり、どれだけの量の気体を透過させられるかという『透過性』と、どこまでCO2のみを選択的に透過させられるかという『選択性』の関係を考えて、もっとも効率の良いバランスを見つける必要が出てきます。これはコストに大きく関係してくるのです」

透過性の指標としては「GPU」という単位がある。これは、1平方メートルの膜に1気圧を加えて(つまり、膜の両側の気圧に1気圧の差圧をつけて)、1分間に45リットルの気体が透過するのを1,000GPUとする単位だ。

この数値が上がれば上がるほど、膜は気体をたくさん透過させたことになるので、量的な処理効率は良くなることになる。

しかし、CO2の選択性(CO2のみを透過させる性能)を上げれば上げるほど、透過量は低くなる。CO2を取り出せる量が減ってしまうわけだから、処理効率が悪くなり、コストも上がってしまう。

「つまり、少しぐらい雑な選別でも良いので、どんどん処理できるほうが、CO2回収の効率が上がって、コストも下げられるのですよ。『CO2回収の選択性とコストの関係』を示した研究によれば、選択性が40くらいまではコストが下がっていきますが、それ以上に選択性を上げていってもコストは下がりません。

ですから、われわれWPI-I2CNERの研究チームでは、この『4000GPUで選択性40くらいの膜』を研究開発目標にしようと決めました」

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