100兆個以上!「おなかの中の花畑」は、
我らを支えるパートナー(上)

「腸内フローラ」は巨大パワーの小宇宙(上)

好評シリーズ「WPI世界トップレベル研究拠点」潜入記第3回!

WPI(世界トップレベル研究拠点プログラム)は、異なる研究分野間、言語と文化の垣根を超えて世界の英知が結集する、世界に開かれた国際研究拠点を日本につくることを目指して2007年、文部科学省が策定した研究拠点形成事業で、2019年現在、全国に13研究拠点が発足しています。

今回の舞台は大阪大学免疫学フロンティア研究センター(以下、IFReC)。拠点長の竹田潔教授に、みんなが気になる「おなか」の話を聞きました!

【清水 修, ブルーバックス編集部】

「内なる外」と呼ばれる不思議な臓器

「内なる外」と呼ばれる場所が我々の身体の中にあるらしい。

「消化管」である。消化管とは口から食道、胃、小腸、大腸を経て肛門に至る一本の管のこと。

おなかの中にあるのに「外」と言われても一瞬、意味が分からないが、コーヒーカップとドーナツを同じ形と見なすトポロジー(位相幾何学)の視点から見れば、人間の消化管は鉄パイプや土管の内側と同じ。入口と出口を塞がない限り、「身体の外」に置かれた環境なのだ。

消化管は「外」なので、当然、人間の身体の構成要素とは異なるさまざまな「異物」が通り過ぎていく。が、通り過ぎるばかりではない。住み着いている輩がいる。

そう。「腸内細菌」だ。

腸内フローラ、善玉菌、悪玉菌、プロバイオティクス。誰もが一度は耳にしたことがありそうなこれらの言葉はみな、腸内細菌に関する言葉である。

主に我々の大腸に住み着いている膨大な数の腸内細菌は菌種ごとの塊になって腸の壁に張り付いている。その姿を顕微鏡で覗いてみると、まるで「お花畑」のように見えるため、腸内フローラと呼ばれている。

人間の身体には、体内に入ってこようとする異物(ウイルスなど)を排除する「免疫」というシステムが備わっている。腸においても病気を引き起こす菌が入ってくれば免疫システムが排除する。

しかし、多くの腸内細菌は身体にとって異物であるにもかかわらず、排除されずに腸に住み続けて、いわば人間と共存している。異物でありながら市民権(というか居住権)を得ているわけだ。どうして、そんなことが可能なのだろうか。

それから、もうひとつ、疑問がある。

炎症性腸疾患という難病があるのだが、これは免疫システムが異常をきたして腸の細胞を攻撃してしまい、腸に炎症を起こす病気だ。市民権を得た腸内細菌と人間がうまく共存しているはずの腸という場所で、なぜ、そんな厄介な病気が起こるのか。

世界トップレベル研究拠点(WPI)潜入記、今回は、そんな腸に関する素朴な疑問に答えを与えてくれそうな粘膜免疫学の第一人者、大阪大学免疫学フロンティア研究センター(WPI-IFReC)の竹田潔拠点長(WPI-IFReC主任研究員。大阪大学教授)を訪ねることとした。

大阪大学免疫学フロンティア研究センター(WPI-IFReC) 提供:IFReC

DNA解析によって腸内細菌の全貌が明らかに

「やあ、いらっしゃい。腸内細菌のことを聞きたいと? それではまず、消化管と免疫の話から始めましょう」

フランクに解説を始めてくれた竹田教授の話はとても分かりやすい。我々のような素人でも立ち止まることなく理解が進んでいく。

消化管は口から始まって食道、胃、小腸、大腸を経て肛門で終わる管状の組織である。胃と小腸では食べ物を消化して栄養素を作り出す。その栄養素を小腸と大腸が体内に吸収する。小腸と大腸の内側の表面積はテニスコート1.5面分くらいあり、人体でもっとも広い表面積を持った組織である。

なるほどなるほど……そして、面白いことに、消化管には人体でもっとも多い数の免疫細胞が存在している。

「教科書などには、リンパ節などのいわゆる『免疫組織』や血液中だけに免疫細胞があるかのように書いていることが多いのですが、決してそんなことはないのです」

竹田潔教授

人間が食事をする際には、食中毒などいろいろな病気を引き起こす微生物も口の中に入ってくるので、そうした微生物由来の感染症を防ぐために免疫細胞がある。人体の中で感染症のリスクがもっとも大きいのが消化管なので、もっとも多い数の免疫細胞があるのだと考えられているとのこと。

その一方で、腸内には病気を引き起こさない菌もたくさんいて、腸内細菌は見事なまでに宿主(人間)と共生関係にある。共生関係とは互いに良い影響を与え合う関係のこと。

ふむふむ、つまり、それは腸内環境が良ければ免疫力が上がったり健康体を保てたりするという話につながるわけですな。

「実は、10年ほど前まで腸内細菌とはどんなものなのか、明確にはわかっていませんでした」

え! そうなのですか?

「そうなのです。ほとんどの腸内細菌は空気に触れると死んでしまう嫌気性の菌だからです。腸から取り出して実験室で研究ができないために正体を掴むことが困難でした。

しかし、この10年ほどで腸内細菌の正体を掴むことが可能になってきました。次世代シークエンサーという機械を使って腸内細菌のDNA解析ができるようになったからです。腸内細菌は嫌気性の菌なので体外に出た便の中ではすでに死んでいるわけですが、死んでもDNAは残っているので、それを調べられる。

片っぱしからDNA解析をしていったところ、さまざまな腸内細菌の同定が可能になって、現在ではその全貌が明らかになりつつあります」

それによって、まず分かってきたことは身体の中の細菌の数だそうだ。

胃の中にはピロリ菌など100個程度の菌しかいないが、小腸には約100万個もいる。さらに、大腸には10兆個から100兆個もいるのだという。体内の細菌はほとんどみんな大腸に住んでいるというかんじ。

人体を構成する細胞は約40兆個だが、それ以上の膨大な数の細菌が大腸に存在していることになる。その種類は1000種類以上。

もうこうなると、人間の大腸は細菌の国、いや細菌の世界のようなものだ。人種のるつぼ、いや、菌種のるつぼである。

腸内細菌のおかげで健康を維持できる理由

「人間と共生関係にある腸内細菌は人間に良い影響を与えます。それは大きく分けて、『栄養素の産生』と『感染症からの防御』の2つの作用です」

まずは1つめの「栄養素の産生」について。

人間の身体は健康維持に必要な栄養素を胃や腸だけですべて作り出すことはできない。そこで、腸内細菌が持っている酵素がビタミンKやビタミンB12などの足りない栄養素を作り出してくれる。

ちなみに、ビタミンKには止血効果がある。生まれたばかりの赤ちゃんは出血するとなかなか血が止まらないのだが、これは、赤ちゃんのおなかにまだ腸内細菌がいないのでビタミンKを作り出せないからだという。そのため、新生児には「K2シロップ」というビタミンKの製剤を飲ませることがあるとのこと。

また、世間では食物繊維をたくさん取ろうとよく言われているが、人間は食物繊維を噛み砕いても吸収できない。これを消化吸収できるのも腸内細菌が作り出す栄養素のおかげなのである。

2つめの「感染症からの防御」は専門用語で「コロナイゼーション・レジスタンス」と呼ばれる作用。腸内細菌が定着(colonization)することによって感染症に抵抗(resistance)するというものだ。このコロナイゼーション・レジスタンスには間接・直接の2つがある。

間接的なものとしては、腸内細菌の定着によって「Bリンパ球の抗体産生細胞への分化」や「T細胞のエフェクターT細胞への分化」が促されるという点が挙げられる。

(T細胞:血中リンパ球の60~80%を占めるリンパ球の一種。ウイルス感染細胞やがん細胞を殺す細胞性免疫にかかわるキラーT細胞と、ほかの免疫細胞のはたらきを調節する司令塔のような役割を果たすヘルパーT細胞とに大別される)

腸内細菌がいないと、Bリンパ球とT細胞は活性化できず、体内に侵入した異物と戦えない。最初の活性化を腸内細菌が一役買って、免疫細胞を「教育」しているのである。さらにもうひとつ、腸内の上皮細胞が抗菌物質を分泌する際には腸内細菌が必要であることが分かっている。

一方、直接的なものとしては、膨大な数の腸内細菌が腸内のスペースを占拠することによって、入ってきた病原菌が根付く余地を与えないという点が挙げられる。

大腸は10兆個から100兆個の腸内細菌と食物残渣で充満していて、まったく隙間がない。病原菌が入ってきても繁殖するスペースがないので、あれよあれよと言う間に腸のぜん動運動によって便として排出されてしまうのだ。

もちろん、大量の病原菌が入ってくれば下痢や食中毒が起こるが、少ない数の病原菌であれば、増える間もなく排出されるそうだ。

この「腸内のスペースが腸内細菌で埋まっている」ということはとても大切なことらしい。

欧米では「クロストリジウム・ディフィシル菌」の感染症が問題となっているそうだが、この菌には抗生物質が効かない。

クロストリジウム・ディフィシル菌 Photo by Getty Images

病原菌を退治しようとして抗生物質を飲むと、この菌は死なないのに、共生している腸内細菌が死滅してしまう。すると、大腸にスペースができて、クロストリジウム・ディフシル菌が繁殖してしまい、感染症に発展するというわけだ。

「もうひとつ、直接的なコロナイゼーション・レジスタンスとしては、『乳酸菌の存在』があります。乳酸菌はその名の通り、乳酸という物質を産生するのですが、乳酸のような酸性物質の中では病原菌が増殖できないので、増える前に排出されるという利点があります」

なるほど、大腸にある「細菌の国」は、人間の身体を守るための大切な味方なのだ。

腸内細菌と免疫・病気との深〜い関係

竹田教授は続ける。

「さきほど、腸内細菌が免疫細胞を『教育』すると言いましたが、もし、我々の腸に腸内細菌がいなかったら本当に免疫システムは機能しないであろうと思われます。

それは、赤ちゃんのことを考えるとよく分かります。新生児は生まれてから6ヵ月の頃までは免疫不全なのです」

竹田潔教授

出生前の赤ちゃんには、胎盤を介して母親の免疫抗体が供給されている。つまり、生まれる前の赤ちゃんはお母さんの免疫によって外敵に対処している。しかし、生まれると、当然、母親からの抗体の供給が途切れる。実は、この時点で赤ちゃんの腸には腸内細菌がほとんどいないので、免疫はないに等しい。

その後、赤ちゃんの腸内細菌は少しずつ増えていき、それにともない、2年ほどかけて自前の免疫を活性化させていく。腸内細菌が増えていくことで免疫を獲得できるのだ(もちろん、よく知られているように、赤ちゃんは母乳からも免疫物質をもらうので、それも免疫活性化に一役買っているのだが)。

さらに、「腸内細菌がいなければ免疫を獲得できない」ということは、マウスの実験からも分かっているそうだ。

普通のマウス(腸内細菌がいるマウス)と完全無菌マウスを比較すると、8週間で大人になるまでの間に、普通のマウスは免疫抗体の数がだんだん上がっていく。しかし、完全無菌マウスは大人になっても抗体の数が全然増えない。その後、大人になった完全無菌マウスに腸内細菌を供給・定着させると、そこからだんだん抗体数が増えていく。

「腸内細菌がおなかにいると、免疫が活性化する。ぼくたちのおなかの中にたくさんの腸内細菌がいてくれて良かった。めでたしめでたし……というわけですが、実は、たくさんいるだけではだめで、膨大な数の腸内細菌の内容、構成パターンがとても大切なのです。

腸内細菌の構成パターンがおかしくなると、さまざまな病気を発症したり、免疫の活性化状態が変わってきたりします」

腸内細菌は1000種類以上存在するが、同じ地域に住んでいる健康な人はみんな、だいたい同じ種類のものを持っているそうだ。

この細菌の割合や構成パターンはさまざまな要因で変化する。

一番典型的な例は、食事内容による腸内細菌の変化。タンパク質を穀物から摂っているか肉から摂っているかで腸内細菌の構成パターンは変化する。戦前の日本人はタンパク質の源を穀物に頼っていたが、戦後は肉食が増えて食の欧米化が進んだ。だから、我々の腸内細菌の構成パターンは欧米人に似てきている。

また、食事の脂肪分が多いか少ないかでも腸内細菌の構成パターンは変わる。高脂肪の食事を続ければ脂肪を好む腸内細菌が増えていく。

さらには、栄養状態によって腸内細菌の数も変わっていく。そして、そのような食事内容の変化以外にも、ストレス、感染症、加齢などによって腸内細菌の構成パターンは劇的に変化していくのだ。

特定の病気と特定の腸内細菌に関連があることも多いそうだ。

関節リウマチにかかっている人の一部ではプレボテラ菌という腸内細菌が多くなっている。

また、新生児が将来、アレルギー疾患になりやすいかどうかの判断材料として「分娩の形態」があるという。疫学的には「帝王切開で生まれた子供のほうが明らかにアレルギーになりやすい」という報告があるとのこと*。

分娩の時期に母親の膣には乳酸菌が急激に増えるため、経膣分娩で生まれてくる赤ちゃんが初めて飲み込むのは乳酸菌となる。帝王切開で生まれる赤ちゃんは最初に乳酸菌を飲む機会がなく、スタフィロコッカスという細菌を最初に飲むだろうと言われている。

一説では、この違いがきっかけとなって、将来の腸内細菌の構成パターンに違いが生じ、アレルギーの発症につながるという。

腸内細菌の構成パターンが変われば代謝物、すなわち栄養素の産生の割合も変わってくる。トリメチルアミン・N・オキサイドという代謝物が多いと動脈硬化になりやすいらしい。

さらに、なんと、自閉症までも腸内細菌の変化によるものではないかと言われている。腸内細菌の変化が脳神経系の発達に必要な代謝物の濃度を変えてしまい、神経の発達に影響を与えたり、消化管まで伸びている迷走神経という神経に影響を与えたりすると考えられているらしい。

我々の健康にこれほどまでも影響を与えている腸内細菌。目に見えないほど小さくても、10兆100兆の数のパワーは計り知れないものがあるのだと言えよう。

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*Mitselou et al. J Allergy Clin Immunol. 142(5):1510-1514.e2, 2018.